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チャーハン神炒漢:ノー・モア・ヌベッチャーハン④

目次

 生暖かく、湿った空気。鈍色のステンレス調理台、棚、流し台。油で粘性を帯びた床。スープの匂い、腐敗が始まった生ゴミの酸っぱい臭い。どこでも見られるごく普通の厨房光景。

 調理しているのは人間ではない以外は。

「ぼしゅー」「びょーん」「ぐしゅぐしゅぐしゅ」

 三匹、あるいは三体。巨大化したアメーバ、それとも雑巾から絞った水にゼラチンで固めて作ったゼリーのような物体が粘着質の音を立てながら本体から伸びた触腕で鍋を混ぜたり、野菜を切ったり、皿洗いなどの作業をこなしている。その表面は濁った灰色で常にぶよぶよと蠢いている。目などの器官が外見から見当たらない

『どいうことだ……こやつらが料理を作ったと?』

 あまりにも予想とかけ離れた超現実の光景に、炒漢は行動にためらった。もしこの店は妖怪や悪徳シェフの支配下だとしたら、そやつをぶちのめして知らしめてやればいい。でも目の前の物体から邪気を感じられない、襲ってくる気配もない。なら無闇に暴力を振るうべきではない。

「なんつう湿度や、まるでスチームサウナやんけ!」
「目の前が真っ白!テツロー、どこ?」

 厨房に入った途端異常湿度でメガネが結露して視力を奪われたトマトンとセンチ美。このショッキング的光景を見れずに済んだのは幸いであろう。

「あぁん?誰だぁあんたら?」厨房の奥から険しい目つきの男が現れた。ワイヤレスイヤホンを外してコック服のポケットに詰めながら炒漢を睨んだ。「ここは立入禁止だぞ?クソ(料理を作る場でクソとか言うな)、バイドの奴は何をやっている!」

『貴様が店長か』炒漢は男がコック服の胸に付けているネームプレートを見た。店長 花堀 啓、と書いてある。『頼んだチャーハンが酷すぎた故にクレームを入れに来た。あそこの妙な生き物いついて説明してもらおうか』

 強い意思を込めた炒飯神の視線を花堀は怯まず受け止めた。

「はぁ?なんだおまえ?つーか何だその恰好は?コスプレ?まさかあんたもアレか?テンセイシャとやらか?」

『テンセイシャ?』その言葉に炒漢は引っかかり、目を細めた。『何のことだ?』
「や、なんでもねえ……つーか早くこっから出ろ!」

 花堀が一瞬表した『やべえ言っちまった』的な緊張を、炒漢は見逃さなかった。”テンセイシャ”、その言葉に重大の真実が隠されていると炒漢は判断した。

『断る。破ァ!』炒漢は腰を落とし、馬歩を踏んだ!ドゥン!踏み込みの衝撃で厨房全体が振動した!驚いたアメーバたちはぶるぶると震えながら体を変形し、調理台と床に隙間に隠れた。『覇味庵に何かが起きている。それがチャーハンを不味くした原因と見た。それを突き止める限り、私は一歩も退かぬ!さあ、かかってこい、覇味庵さんッ!』

 炒漢は右掌を前に突き出し、左掌を顔の横に掲げた。少林拳の構えた!

「てめえ……上等だ」気圧されながら、花堀はスマホを取り出した。「企業を舐めるなコスプレ野郎!ここで起きたことはすべて防犯カメラで録画している!俺が通報したらあんたらは終わりだ!」

「な、通報ですって!?」「まずい!法律上、先に立入禁止エリアに入って営業に影響を与えたわてらの方が責任を追及されるんや!」

 センチ美とトマトンは服の裾でメガネを拭きながら言った。重度近眼のふたりは厨房で起きたこと完全に把握していない。

『通報とは。あのぶよぶよ達のことはどうやって説明するつもりだ?厨房に電子ロックをセットしてまで守りたい秘密では?』

「企業を舐めんなよ。そんなもん、本社の弁護士がなんとかしてくれるわ!じゃあな!社会的に死ね!」

 花堀は予めに110を入力したスマホの通話ボタンを押したと同時に、炒漢が動き出した。一歩、二歩、二歩だけで5メートルを踏み越えて、花堀の前に迫った。『颯ァ!』右掌を左上から右下に振り下ろし、スマホを叩き落とした。「のぁ」と花堀が声を漏らした。スマホは地面にぶつかり破砕!

 炒漢の攻撃がまた終わっていない!驚愕している花堀の右手、人差し指、中指を左手で、薬指、小指を右手で包むように握った。

「え」

 花堀はこの動きに見覚えがあった。

(あれだ。パーティで調子に乗って女子に薬を盛ったボンボンたちを、デンゼル・ワシントンが死んだ目淡々とボコっていく……最後に使った技が……アッ)

 彼は完全に思い出した。技を仕掛けられたボンボンの末路も含めて。

 炒漢は力を込めて、両手をそれぞれ前後にすらした。ガラッっと。花堀の中指骨が外された。

「ーーーッァガアアアアアアアア!!!」

 その叫び声は厨房の外まで響き渡った。

(続く)

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