【剣闘小説】BLOOOOD!
「サンデイ、マンデイ、トゥートゥトゥースデイ……」
運命が他人に握られている奴隷たちが明日への渇望を込めた『日々の歌』を口すざみながら、長い錆色髪の美しい女奴隷オーキッドは土鍋の中にあるそら豆とえん麦スープをおたまで掬い、一口含んだ。うん、悪くはない。鍋を傍らに移し、今朝市場で購入した血を抜いたヤギの後ろ足を調理台に置いた。
ストラウベリーとドゥームは血が染み出るレアに焼けた肉が好みで、アリーナから帰った日は必ず新鮮な肉で生存を祝う。肉をサイコロ状に切り、すこし贅沢に海塩を一つまみして塗って串に刺す。残った肉は燻製して干し肉にするか……
「Grrrrrr……」
ふと炊事場の入口から唸り声が聞こえた。振り向くと、ドゥームは壁に手を添えて息を荒げていた。外傷は見当たらないが、まさか頭か内臓が怪我したのか?オーキッドは心配になってきた。
「お帰り、ドゥームさん。どうかしまし」「ちぃ……」「なに?」「血ィィィィーッ!」「キャッ!?」
ドゥームはオーキッドを突き飛ばし、また焼けていないヤギの串を掴み、肉塊を口に入れて咀嚼!もにゅ……もぐ……
「ちょっと、なんなの?!」
壁に寄り掛かった立ち上がったオーキッドはその時やっと気付いた、ドゥームが今身に着けているAmor、異端信仰で悪名高いローリーガシック工房が作ったホーリーゴート一式ではないか!
ご存知の通り、剣闘士たちはAmorに秘めた力を使い、背中から光の翼を生やしたり、植物を操ったり、巨大な女神象を召喚してビームを掃射したりする。その中で、使い勝手がよくかつ強力な力で剣闘士たちが垂涎する星座シリーズが存在した。しかし星々は夜空を飾る同時に、その周囲に無限の暗黒が広がっていることを思い出してほしい。星座シリーズを使うことは、宇宙のダークサイドを覗くこと、つまり暗黒剣闘パワーに触れることなのだ。
(暗黒剣闘パワーに支配されたのか?)オーキッドは「ゴラム、ゴラム」と喉を鳴らしてヤギ肉を貪るドゥ―ムの注意を引かぬよう、腰の帯に締めた中指ぐらい長さのナイフを抜き、声立たず、緩慢な歩みで出入口に向かった。あと……すこし!
「オーキッド!ドゥームはここにあっ」
突如出入口に現れて大声を出したストラウベリー。血で口周りが赤に染まり、剥き出した歯の間に肉と腱の繊維が詰まっており、悍ましい形象のドゥームは振り返って、二人を見比べ、距離が近いオーキッドを標的に定めた。
「GARRRRRRR!脊髄液ィィィー!」
襲いかかる!その動きは迅速だがいつものキレがない。
「チーッ!」
剣闘士時代の本能が働かされ、身を屈めてからの鋭い水平蹴りを繰り出す。
「ガァウ!?」足をすくわれたドゥームが顛倒!
知っているかい?足「元」をすくうは誤用らしいぜ?
立ち直ったオーキッドは出入口へダッシュ!炊事場を出た途端にストラウベリーがドアをパーンを叩き閉めて、閂をかけた。
「オーキッド、大丈夫だぶぁふ!」
オーキッドの様子を伺うべく振り向いたさま、顎に強烈な平手打ちを見舞われた。やったのは他でもなく、オーキッドだった。
「心配してくれてありがとう、見ての通り、気が動転している以外に別状がないです」冷淡に返事するオーキッド。
「あぉ……うふ……」冷淡に返事するストラウベリーは痛そうに口のもごもご動かし、手で顎を撫でた。「……なんで?」
「こっちこそ聞きたい。なぜ彼女にホーリーゴートを着せた?星座シリーズの危険性はあなたも知っているはず」
「仕方ないだろ。売店で当たった時、やっと一式が揃って喜んでたから……それに、私に勝て……いや劣らずぐらいの実力者だからきっと大丈夫だと思って」
「お言葉ですが、ドゥ―ムはとびっきり強かったのではなく、あなたが市民権を得て腑抜けになったからです。彼女が星座の闇に抗える力を持っているかどうかの判断基準にはならない」
「クッ」
「で、これからどうするおつもりです?レジェンダリーチャンピオンのストラウベリーさま?」
「どうもこうも、これしか手なないよな」
ストラウベリーは身に着けているダガーを抜いた。
-回想シーン-
「おめでとう、ストラウベリー。今日から君は立派なローマ市民だ」
「ありがとうございます。今まで育ってくれた御恩を、決して忘れません」
「ほほほ、それを聞いては意外だね。いつも寝首を掻かれないかびくびくしていたぞ」
「いや、まったくもってそんなつもりは……マスターが居なければ、私はとっくアリーナで無様の死体を晒しました」
「そう言ってくれるとうれしいね……ほれ、餞別の品だ」
「これは?」
「エンジェリーシュガー工房に特注しても貰ったダガーだよ。これはまた特別な力が持ってね、有事の時、こんな風に頭上に高く掲げて、そして唱えるんだーー」
-回想終了-
「またへプレス卿の力にと頼ってしまって悔しいだが……」
「そんなこと言う場合ですか?早くしてください!」
扉は今も向こうから「脳漿おおおおお!」の叫び声とともに激しく叩かれている。
「オーキッド、閂を取ってくれ。私が突入する。」
「わかった……気をつけて」
ストラウベリーはダガーを右手に握り、前傾姿勢を取った。
「行くよ、せーのっ!」
オーキッドは閂を外し、ストラウベリーは放たれたバリスタ矢の勢いで扉を突き破る!CRAAAAAASH!「ガバァアア!?」扉の前に居たドゥームは体当たりを受けて吹き飛ばされるが、すかさず立ち上がった!暗黒剣闘パワーがもたらした耐久力だ!ストラウベリーは前転して受け身を取り、ドゥームと対峙する。
「私の判断ミスだった、済まない」そしてダガーを高く掲げた。「今助けてやる」
「血ィ、血ィィィィーッ!」
飛びかかるドゥーム!ストラウベリーは決断的に叫ぶ!
「スターライトの輝きと共に!」
「血ィーッ!?」
SIGNALIZE!ストラウベリーの叫びに応じて、ダガーが白く発光してグラディウスに変形!勇壮の音楽が響き渡り、ストラウベリーが紫色のシルエットに覆われる。四枚の光る板が彼女の身体を透過し、エンジェリーシュガー工房のPアーマー、「アローラキス」を纏い、背中に光の翼を羽ばたかせる!
「まぶしッッッ!」
神聖剣闘パワーに驚愕したドゥームは両腕で目を覆い隠し、怯えて行動不能に陥った。
『じっとしていろ』
ストラウベリーは輝く左手をドゥームに伸ばした。
−スターライトスクール−
「むん」
剣闘士養成所スターライトスクールの敷地内、神秘的な乳香の匂いを漂う暗い室内に、薄いローブを纏った胡座している美女がビクッと身震いして、目を開けた。青い血管が薄々見える透き通った白い肌、頭部の両側に結んだ渦巻く白銀色の髪、「長生種」である証拠だ。彼女はリィリ・ユヨーディ。スターライトスクール所属の剣闘士にして、客人である。
「服、飲み物!」
リィリがそう言い、掌を「パッ、パッ」と叩くと、二人の奴隷侍女が入室した。一人は清潔な白いローブを持ってリィリの側で正座を取り、彼女が着ているローブを解き着替えさせた。もう一人はリィリの前で横座りし、ナイフで自分の左腕を抉った。傷口から湧き出る血を、リィリが躊躇なく口を付けて吸い付いた。
「ふー」吸血を終了したリィリは紐で侍女の上腕をきつめに締まり、傷口に軟膏を塗った。ちょうど着替えが終了したところだ。
「へプレスはどこに?」
「マスターなら、いま夕食中です」
「わかったわ。下がってよい」
「「失礼します。良い夜を」」
二人の侍女が退室してしばらく、リィリが立ち上がり、主人の住所へ向かった。
「おお、リィリじゃないか!ここに来たということは、頼んだ件に結果が出たかい?」
リィリが居間にたどり着いたころ、へプレスは数人の侍女に仕えさせながら柔らかそうな枕にもだれ、ワインと豚肉のソーセージを楽しんでいる。周囲に場を賑わせるために数人の剣闘士が立たせ、物欲しいそうにテーブルに載っている料理を酒を見詰めている。
「ええ、その通りですわ。へプレス卿。少し場を空けてもよろしくて?」
「きみがそう言うなら。ほら、聞こえただろ!去ね去ね!」
へプレスは手を振り、奴隷たちを促した。剣闘士たちは主人からソーセージのご馳走が貰えず暗い顔で立ち去った。全員が離れたと確認し、ワインが入った瓶を掴み、ごくごくと飲み始めた。
「ぶはーッ!」そして空になった瓶をテーブルに控えた力で叩きつく、乾杯ならず、乾瓶!
「いい飲みっぷり!」
「うるさい!憑依は体力を酷使するのよ!」
態度が豹変!そしてソーセージを素手で掴み、齧る!人類より身体能力が秀で、加えて魔術じみた力を行使する長生種はなぜ人間であるヘプレスの庇護下に居るのか、今その原因を伏せておこう。いずれ明かす日が来ると信じて。
「食べながらでもいい、結果を教えてくれないか?もう待ちきれん!」
「ああ?そーだな。あなたの思惑通り、前に劇的な逆転勝利で死んだはずだった赤髪蛮族はピンピンしているわ。しかも昔の三人組よろしく仲良くしているわ」
「ほっほー!そら言っただろ!あんな似ている蛮族が二人も居るはずないと」
「ローマ人から見て蛮族は皆同じ顔に見えるからじゃない?で、これからどうする?ストラウベリーがが試合で八百長したと訴える?私の力を注いだ鎧を着た蛮族ちゃんの目を借りて見たものは紛れもなく現実だけど、魔術は証拠にもなれないわ」
「まあ、手札は多い事に越したことない。温存するのさ、時機が来るまでね」
ヘプレスは意味ありげに微笑んだ。
「出て行った者のあとをしつこく追うね。陰湿じじいめ」
リィリは呆れた顔で五本目のソーセージを口に入れた。
−ストラウベリー邸−
「これはメンタルの鍛錬が必要だな」
アーマーを剝かれ、全裸で炊事場の床に寝ているドゥ―ムを一瞥し、ストラウベリーは言った。
「ぜひそうしてください。厨房で大暴れしてくれたおかげで当分草粥しか食べれなさそうですわ」
「ほんとうか、はぁ……」
炊事場の狼藉を見て、ストラウベリーは嘆いた。
「なあ、オーキッド」「はい?」「さっきの蹴り、見事だった」「それはどうも」「腕、落ちなかったな」「それで」「もしかしてさ、また剣を」
「おい、どいうことだこりゃ?」
会話をドゥ―ムが遮った。振り返ると、彼女は既に目が覚めて立ち上がっていた。
「なんで裸なんだ?確かにあたしはホーリーゴートを着ていたはず。それにあちこちが痛い……」ドゥ―ムの不信感を帯びた目でストラウベリーとオーキッドを睨んだ。「あたしに薬を盛ってなんかしたんじゃねえだろうな?」
(終わり)
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