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ひとんかつ

『速報です。刺激の強い内容ですので、どうか気を強くしてお聞きください』

ラジオキャスターの落ち着いた声が流れる。男はそれを片耳に聞きながら、まな板上の肉を11mmの厚さに切り落とした。

『事件が起きたのは市内のとんかつ専門店、被害者は店主の芦洲氏とその家族計4名、全員の遺体が分解された状態で店内の冷蔵庫から発見されました』

余分な脂肪と端肉を切り落とし、形を整えた肉片の両面に少量の塩と胡椒を振って味付けする。

『昨日に来店した店主の知人によりますと、当時は店主と従業員である家族達がいなく、面識のない男性1人が調理していました。男性はマスクを着用した上でコック帽を深く被ったため顔がよくわからなかったそうです。知人は不審に思ったものの、とんかつ定食を注文して食べました。味はよかったそうです』

浸透圧で浮き出た水分をキッチンペーパーで拭き取り、小麦粉、卵液、生パン粉の順に衣をつける。手の平で軽くプレスをかけ、パン粉をよく付着させる。

『知人はそのあと何度も店主と連絡を取ろうとしたが、返事が一切なかったため警察に通報しました。警察が現場に到着した際は店内は誰もおらず、冷蔵庫に「衆人皆豚」の血文字が書かれていました』

180℃の油にかつを投入。表面から夥しい気泡に包まれながら、フライヤーの底へ沈んでいく。

『遺体は一部切り落とされた痕跡があり、更に現場に発見された食品用接着剤と形成に使う道具から、被害者の肉は加工され、とんかつに偽装して提供されていたと思われます。警察は現在謎の男を重大容疑者と見做し捜査を進めて……』

衣が熱で褐色に染め上げ、油面に浮上したかつを掬い上げ、30秒置いてから6切れに切り分ける。衣剥がれしない、パン粉の香りが食欲をそそるかつが出来上がった。キャベツと共に皿に盛りつけ、ご飯とみそ汁を添えると、とんかつ定食の完成だ。あとは客に出すだけ。

「お待たせいたしました。とんかつ定食です」

(続く)


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