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三位一体は天津炒飯なのか? #パルプアドベントカレンダー2021

ピッピッピッ、ズゴオオオ……ガキャン!ガキャン!ズサァァァァ……ガキャン、ズサァ、ガキャン、ズサァ!ジャァァァ……パタン!ジャァァァ……パタン!カキャン!ズキャキャキャ......

12月23日、夜9時32分、クリスマスイブのイブ。洋食店”CONQUER”の厨房からランチタイムで大忙しい中華料理屋のじみた調理音が響いた。

厨房の中に男が三人いた。一人の若い男が中華鍋を振って大量の米炒めている。彼の名はテツロー。チャーハンを愛してやまない、どこにもいる普通の大学生だ。

「ほッ」

テツローが一際強く鍋を振り、米が間歇泉のように跳ね上あがって、また鍋に落ちる。その過程に一粒の米も鍋の外にこぼることなかった。

「けっ、ショーオフかよ。イケ好かねえガキが」コック服にコック帽の男、CONQUERのシェフ兼オーナーの乱桜は顔をしかめた。「もしおれんところのコックがそんな真似したら、一年間オーブンとフライヤーを掃除させてやるだがな」

「若くていいじゃないか。まあワタシはしないけどね。六人分のチャーハンを同時にかつパーフォーマン入りの炒め方、絶対肘が痛むわ」

とボディビルダー兼ジムトレーナーのブル・アンカーヘイヴンが言った。彼はこの真冬の中でも上半身はタンクトップ一枚しか着ておらず、腕組姿勢で鍛えあげた自慢の上腕三頭筋を見せびらかしている。

「いけますよね?おじさん方。一人で二人分ずつと言ったけど、歳を取って胃容量が小さくなって食べ残したら恥ずかしいぞ?」

鍋を振りながら、テツローは挑発気味に言った。

「ほう、煽ってんな。あまり大人を舐めるんじゃないぞチャーハン小僧。おまえらこそメシ食いすぎて胃もたれすんじゃねえぞ」
「心配ない。今日はチートデイ。ワタシの肉体がカロリーを求めて唸っているぜ」

言い合いながらの作業を進める。一見どこにでもある平和なキッチンの光景だが、三人は互いに対し確かな対抗意識を抱いてて、様子を伺っていた。

「さて、そろそろおれも始めっか」
「おっ、来たな。オムライに変身するのか?ワタシ前回見れなかったよねー」
「ハッ!かに玉を作るぐらいで、オムライが出るまでもねえ」

と言い、乱桜は蒸籠の蓋を開けた。その中には蒸しあげて真っ赤のタラバガニが入っていた。それを見たブルは思わず口笛を吹いた。

「ワオ、高級食材。気合入ってんじゃん」
「お前らが高級食材だというけど、おれがこんぐらいの蟹を百回以上も料理したし食べている、特別もなにも思わん。それがプロ感覚だ」

また温度が高いはずのタラバガニを軍手じみた厚いタコに覆われた手で掴んで蟹足を捻り千切った。蟹の腹部にある尻尾の名残(蓋みたいなところ)を取り外し、その中に親指を入れて身体を上下に分けて甲羅を外すと、内臓とみそが露にあった。

「今回は身体の部分を使わないが、捨てるのが勿体ないからありがたく頂くぜ。ずずっ」

乱桜は甲羅から直接にみそを啜り、口周りについたみそを手の甲で拭いたあと、小ぶりのナイフで蟹足に切り込んで、指で身を掻きだす。湯気が立つ赤白二色から甲殻類の甘い匂いが漂う。

「今すぐにでもかぶりつきてぇ……」とブルがぼやいた。
「おいマッチョメン。さっきから見てばっかじゃねえか。動かなくていいのか?」
「心配いらない」

ブルは腕組姿勢を崩さず、別のコンロに乗せてとろ火で加熱している鍋を見やった。

「あっちで徐々に仕上がってるんだ。楽しみだね」
「ハッ、どうせ俺の料理と比べて大したことないだろうよ」

蟹の処理を終えて、次の段階に進む乱桜は冷蔵庫から10個入りのエッグパックを取り出した。卵殻は緑かかった灰色と淡い茶色の二色。契約している農場から取り寄せた烏骨鶏の卵だ。烏骨鶏は他のニワトリと比べて産卵量が少いゆえに鶏卵の値段が高い。普通のたまごと比べて特別な栄養価値があるかどうかはここでは語らないことにする。作者は栄養士でも畜産従事者でもないから適当なことが言えない。

コッ、カラ、プト。コッ、カラ、プト。鶏卵が割れて、飽満な卵黄と透き通った卵白がボウルに飛び込む。そこに泡立て器が突き刺り、時計回りに混ぜ合わせていく。途中に適量の塩と胡椒を入れて、もう少し混ぜる。卵液の準備ができた。

「よっしゃー!仕上げていくぜ!」

熱したフライパンに「シェフにとっての少しだけ」、つまり100gぐらいのパターを溶かし、卵液を注ぐ。じゃぁぁぁぁ……熱を受けて、卵液が唸りあげる。

「ハハッ!いい音だ!」
「こういうご時世だからさ、料理を作る時はあまり大声出さない方がいいよね。飛沫とかセンシティブだし」

乱桜はブルの意見を無視して卵液を攪拌して平均に熱を受けさせる。ある程度固まってくると、さっき処理した蟹足を入れて、食べやすいようにへらで軽く潰す。最後は見慣れた楕円形に形を整えて、完成。

「乱桜様特製、”お前らに食わせるには勿体ない!”オムレット、一丁あがりィ!あと二つも速攻で作るぜ!」
「こちらのチャーハンもそろそろ出来上がりでーす」
「だとよ。そろそろ動いたらどうだマッチョメン!」
「まったくせっかちさんだね。派手さも速いさも料理において大切だと否定しないけどよー」

ブルは腕組姿勢を解き、自分の鍋の前に移動した。

「知ってる?大会に出場するビルダーはコンテストに最高のパフォーマンスを出すために長い間、地道なトレーニングと禁欲的な食生活をしなければならない。料理だってそうだ。料理人が長い年月をかけて積み重ねて研鑽し、セオリーを確立した調理法は歴史の流れに飲まれずに現代まで生き残る。そしてこれがーー」

ブルは蓋を開けた。鍋から蒸気が立ち昇り、芳醇な香りがズワイガニの匂いを上書きした。

「おぉ」
「なんてこった」

香りに引かれて、テツローと乱桜が0.5秒間動きが止まった。

「金華火腿と鶏ガラをベースに、玉ねぎ、しょうが、キャベツの芯をくわえて、冷水から弱火で5時間煮込んでアクを徹底てきに取り除いたあと、さらに3時間とろ火をかけて煮澄んだ汁だ。これをーー」

明るめの黄色いスープを中華鍋に注ぎ、水溶き片栗粉を混ぜながら少しずつ入れるてトロみを付ける。最後に老抽(中華風味の甘口醤油だ)と鎮江酢を一振りかけて、完成。

「ブル・アンカーヘイヴン謹製、瓊漿玉露金華火腿の餡かけスープ。恐らくこの中で一番工夫をかけたんじゃないかね?」
「へッ、なかなかやるじゃねえか。ただの筋肉野郎ではないようだ。じゃそろそろ組みたてチェンジゲッターと行こうぜ。小僧、チャーハンはできたか!」
「できたぞ。ほい、ほいほい」

テツローはスープ用の皿に、それぞれ二人分のジャンボチャーハン盛りつけて、乱桜に渡す!

「次は俺だ!魅せつけるぜ!」

乱桜がその上にオムレットを乗せ、真ん中に包丁を入れる!半熟状態たまごがドワォーッとチャーハンの上に広がる!

「最後はコレだ!!」

乱桜から皿を受け取ったブルは仕上げに瓊漿玉露をかける!

「できたぜ……天津炒飯ゲッター3!」
「黄色い部分が一番上だからゲッター3か」
「シェフは武蔵ポジション志望か。物好きだね」
「おうよ。スパロボでは毎回武蔵や弁慶をエースに育って……ってかなんの話だ。早く食った食った」

三人はそれぞれの皿を取った。

「では」
「いただきます」
「Cheers」

スプーンでかに玉を破り、スープでチャーハンを濡らし、掬い、口に入れる。三人はしばらく無言で咀嚼していた。

「うん、うん。旨い。おれのオムレットがチョーウマイけどよ」乱桜は頷きながら言った。「チャーハンは味が薄いか。餡かけは最後の鎮江酢が悪手だった。金華火腿の旨みが埋もれてしまった」
「は?そういうアンタこそ」ベルはスプーンでかに玉を指した。「こんなにバター使っちゃってよ、油っぽくてヘビーンだよ。心臓発作させる気か?」
「ならばなおさらお得意なエクサザイズをして消耗せんとな」
「明日から絞らなきゃ……テツロー、君からなんかいうことないか?」
「うん?あぁ」テツローは口を速めてチャーハンを咀嚼し、急いで嚥下した。「二人が作ったかに玉とスープ、チャーハンとなかなか合う。わざわざ味を薄くして正解だったね」

それを聞いたブルと乱桜は瞠目して互いを見た。

「ぷっ、プフーッ!」
「プフヒヒヒッ!」
「ぎひひ……結局、ワタシたち三人とも自分が一番だと思って他人を出し抜くことしか考えてなかったようだ。協力プレイところか結局3P対戦だったわけ」
「おれのかに玉がチャーハンのおかず扱いか。やっぱこのムカつく小僧だ。あとでお前らのスープも単独で飲ませろよマッチョメン」
「へー。酢を入れたのが悪手だって誰かさんが言ってなかった?」
「浪費しないためだ」

乱桜とブルの会話に加えることなく、テツローは黙々をチャーハン掻きこんだ。

「メシ食ってたら酒が欲しくなった。お前らビールでいいか?飲むんだろ?」
「おいおい大丈夫かシェフ?明日のイブが飲食店にとって正念場だろ?早く休まなくてくていいの?」
「だぁー!ビールぐらいどーってこたねえよ!」

夜まだまだ続く。

(おわり)

🌝

間に合った。危なかったぜ。急いで書き上げたので読者の理解を置き去りにして読みにくい文章になってしまった。とりあえず最低限の名誉が保たれた。

天津飯は俺の国にない料理。テレビで見た時からずっと気になっていたけど日本に行って実際食べてみたらそれほどでもなかった。まるで今の俺だ。そういう気持ちを作品に込めてみた。

あした12月8日はジョン久作さんの番。俺よりずっと真摯な態度で作品と向き合っている彼ならきっと上手くやってくれる。

チャーハンが食べたくなってくれたら幸いだ。またチャーネットで逢おう。








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