いつぞやの詰将棋解答選手権

会場のエレベーターで、前回王者の船江四段に先を譲っていただいたのはこの時だっただろうか。時間に余裕を持って来たつもりだったのに、控室に入るともう参加者で埋め尽くされていて、誰かの荷物が置かれた席の不自然に空いた隣を選ぶよりなかった。程なくしてそこに谷川九段が座った時、激しい居心地の悪さに襲われたのは言うまでもない。

競技開始前、運営の浦野七段により「棋士と奨励会員は盤駒使ったらだめですよ」と念が押される。法律スレスレ級の大きなハンデに疑問は持ちつつも、最大限にアマチュア特権を行使して第1ラウンドの6問に挑んだ。出題内容は全く覚えていないが、90分はあっという間だったと思う。

控室に戻って途中経過が発表される。第1ラウンド全問正解は船江四段、斎藤三段、アマチュアの長生さんの三名。しかし、浦野七段がそれ以上に興奮して伝えたことは、愛知から来た8歳の小学生が谷川浩司を超えたということだった。それまで無名だった藤井聡太が将棋界に名を轟かせた瞬間である。

谷川浩司は無論将棋界のスーパースターであり、解答選手権準優勝の経験者でもある。そんな優勝候補の一人を小学生が上回るというのは到底考えられないことで、大変な衝撃だった。あの時浦野七段に話を振られた谷川九段が何を言ったのかはっきりとは覚えていないが、呆れ混じりの反応を一番知っているのは真隣に居た私だと思っている。後に最年少名人の記録まで奪われることになろうとは思いもしなかったことだろう。

その小学生とやらがどの子なのかある程度の見当はついたが、特に何の印象もない普通の子供だった。どちらかといえば、早速保護者に取材をする記者の仕事の早さに感心しながら次の90分に備えていた。

第2ラウンドは疲労との戦いだった。終了直前に解けた問題の解答を書き上げる時間がなく、肩を落として競技部屋を出た。

谷川九段は第2ラウンドで巻き返し、藤井君に十分な差をつけた。私越しに写真撮影をお願いする人が現れた際、快く応じる様はまさしくスターの立ち振舞いだった。

大阪会場では唯一の全問正解、東京会場と合わせても一番の好成績で初優勝した斎藤三段は、挨拶で「詰将棋が好きで好きで、もう好きなんてものじゃなく、愛していると言ってもおかしくない」という後世に語り継がれる名言を残す。冗談交じりではあったが、目は確かに据わっていた。

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