ゴミ箱

 鼻水かんだだけの1日。

 ゴミ箱に溢れる丸まったティッシュを見てそう思った。今日は本当に何もしていない、今日どころか昨日も一昨日も、たぶん、明日も。
 私が高校時代使っていた部屋は、妹のものになっており、私は部屋を追い出されていた。その部屋にそのまま残っていたのはベッドと机と本棚くらいで、私の使った形跡はまるでなかった。ベッドの上に座ってみたが、ここに本当に私は生きていたのだろうか、という気さえした。壁に貼られたアイドルのポスターと目が合う。人の目が怖い。周りの目を気にしてしまう、という意味もあるけれど、目そのものが怖い。人の顔についている状態ならもちろん大丈夫だが、目単体だけがある状態だとすぐに自分の目を逸らしてしまう。それがいくらアニメのようにきらきらしたものでも、目だけがこちらを見ていると震えてしまう。単眼はもっと怖い。いつだか、ボカロを中心に曲をとりあえず流していたとき、目だけのMVを見つけてしまって恐ろしかった。
 そんなわけで、妹に部屋を占拠された私は現在母親の部屋に居候している。布団は違うとはいえ母親と一緒に寝るのは何年ぶり、という感じだ。私には歳の近い妹がいるから、物心ついたときから姉妹で寝ていることが多かった。母は、寝るのが早い。22時にはもう眠くなって、うつらうつら本を読んでいる。私が2日で読み終えた文庫本も、私が貸して3日ほど経つが、おそらくまだ第1章を読んでいる頃だろう。私もそれに便乗するように、最近は早く寝るようにしているが、やはり22時は早い。早すぎる。小学生の頃は22時には寝なさいと私と妹の部屋を母が訪ねたものだが、この歳になるとまだまだこれから、というような気がする。課題の締切は大体24時だし。今から急いで取り掛かってもギリギリ間に合うし。そのくらいの時間。現在22時半、母はもう寝ている。変な虫が1匹部屋におり、母の足元に近づいていたので「え! お母さん、変な虫いるよ!」と結構大きな声で行ったはずなのだが、返事はなかった。

 はあ、と息を吐いて隣を見れば、ゴミで溢れたゴミ箱が目に入る。まだ頑張ればゴミを入れることは可能だろうが、もうやめておくべきだ。母にも「袋まとめて新しい袋にしなさい」と言われてしまった。のが、1時間ほど前。まだ袋の交換はしていない。明日でもいいだろう。今は幸い鼻水は出ていないし。
 実家に帰ってから鼻水が止まらなくなった。目も痒いし、くしゃみも出る。これは予想だけれど、たぶんダニとか、そういうものに対するアレルギー反応だ。花粉症の症状に近いかもしれない。鼻水をかんでいると、鼻の周りが荒れて赤くなっていく。鼻水が止まらないとき、私はなんとなく泣いて過ごした受験期を思い出す。いろいろあったな、で今は済まされるけれど、当時はそれはそれはひどかった。だから、鼻水の止まらない理由が涙ではなくて、アレルギーというだけで私は割と幸せだ。いや、出続けて嫌な気持ちはもちろんあるけれど。
 実家ではない、私の一人暮らしの家は比較的新しいところだ。家具も新しいものばかりで、洗濯もしっかりしている。だから、家では鼻水が出ないのだろう。実家にいた高校生の頃は、何日も同じシーツを使い続け、埃の舞う中で生活していたものだから、かなり良い生活をしていると言える。高校生の頃は勉強が忙しかったこともあるけれど、単に親に甘えたズボラだった。そのせいで部屋にはダニがたくさんいた、だろう、おそらく。それでもそんなに症状は出ていなかった。きれいな場所にいたのに、急に戻ってきたから身体がびっくりしたのかもしれない。この症状は実家に戻ってきた安心感と、怠惰との引き換えなのだと思う。

 母はもうすっかり寝ついている。明るく電気のついたところで長い時間寝かせておくのも申し訳ないので、そろそろ私も寝ることにしよう。帰省して1週間。明日は土曜日。母も仕事が休みだ。少しだけ、明日は遅く起きよう。そして母と出かけよう。鼻水の薬も買えたらいいな、と思う。もう母の部屋のティッシュを減らすのはやめにするべきだから。鼻をかむ時間と、何か有意義なことをする時間とをチェンジできたらいい。でも薬が効くのに少し時間がかかるように、いきなりチェンジするのは無理だろうから、ゆっくり、進む。


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