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【連載小説】封事屋のひとひら帳 9

「ご機嫌斜めなところ申し訳ないんだけど、今日もおでかけ、いいかな?」
『えー……』
「今日はぼくが持っていくからさ」
『どこ行くの?』
「暁子さんのとこ」
『それを先に言いなさいよ! オッケーに決まってるじゃない』
 すぐに出掛けようという勢いに、湊は少し早いが支度を始める。
 顔を洗って、寝癖のついた頭を直す。左目だけ黒のカラーコンタクトを入れてから眼鏡をかける。
 部屋に戻って着替える。左腕を染め上げる黒は肩にも達している。首までいこうかというところで今は止まっている。
 服は白の長袖シャツにベージュのチノパンだ。仕事の日はこの組み合わせで、違うのは色くらいだ。
 簡単に食事を済ませる。歯磨きがてら、ちゃんとシャツのボタンが上まで留まっているか確かめる。
 今日はひとひら帳がある。いつものボディバッグではなく、リュックに荷物を詰め替える。ひとひら帳もしまう。
「それじゃあ、いってくる」
「ああ、いってらっしゃい」
 と、翔磨が部屋から顔を出して見送る。

 アパートから店までは、自転車で十五分ほどだ。
 一番乗りかと思いきや、暁子がもう出勤してきていた。
「早いですね」
 カウンターに向かっている暁子は湊を見ずに、
「あんたもね」
「ちょっと急かされまして」
 隣にいくと、帳簿をつけていた暁子が手を止めた。
「ほら、よこしなさい」
「わかってますって」
 ひとひら帳を差しだす。暁子が早速開く。
『ひさしぶり!』
 すでに文字は浮かんでいた。
「元気にしてた?」
『当たり前じゃない。あたしを誰だと思ってるの?』
「頼りにしてるわよ。この子たちのお守りも楽じゃないでしょうけど」
「お守りって……」
 湊が苦笑いでこぼす。
「あら、違った?」
『違わない!』
 ひとひら帳が間髪入れずに応える。
『もう大変なんだから』
「大変ついでに、昨日のこと教えてくれる?」


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