報せの夜

僕が23歳になってから3ヶ月が経ったとき好きな子が結婚した。共通の友人から連絡をもらったとき僕はベランダで煙草を吸っていた。午後10時の出来事だった。
その日は春の終わりにしては少し肌寒く風も流れていた。
僕は友人に一言おめでとうと伝えてくれと返事をしイヤホンを耳に押し当てお気に入りのミックスリストを再生させるとジャケットを羽織り家を飛び出る。下階からのエレベーターを待つ時間はとにかく長く感じた。ぬるりとした機械音がホールを支配しその中をゆっくりと時間がまわる。エレベーターに乗り込むとボタンを操作し壁にもたれる。下に下に降りる感覚がいつも以上に僕の身体に伝わる。1階に着きエレベーターはその重いドアを開ける。僕は駐車場に向かい歩き始める。冷たい風が僕を通り過ぎていくが僕の気持ちはちっとも軽くならなかった。足取りも重い。車に乗り込むとすぐにエンジンはいれずに車の中で深く息をした。イヤホンを外しそれから煙草を吸いエンジンをいれ駐車場を出ると行くあてもないから適当に車をながすことにした。静かな車内が僕の心の中をより色濃く鮮明にした。3時間も走らせると見慣れない町にたどり着いた。かなりスピードを出していたから随分遠くへと来たようだ。
僕は車にガソリンを補充してやるとコンビニで熱いコーヒーを買い普段は使わないシロップとミルクを入れかき混ぜる。
ゆっくりと色が変わっていくコーヒー。僕は車にもたれ静かにコーヒーを飲む。熱いものが身体の中を落ちていくのがわかる。この年になって泣くなんて誰にも見せられないなと思いまた車を走らせる。途中音楽をかける。独りの車内をメロディが包み込む。僕は口ずさみながら走る。対向車も全く見なくなった頃スマートフォンの時計を見ると午前3時だった。
コーヒーも冷めきっていてから僕は24時間営業のファミリーレストランを探し向かった。ファミリーレストランには若い集団とトラックドライバーがいた。僕は案内されたテーブルに座るとホットコーヒーとサンドウィッチを頼んだ。コーヒーはブラックで飲んだ。サンドウィッチはハムときゅうりを薄くマーガリンと芥子とマヨネーズを塗ったパンで挟まれたものと少し甘く味付けされた卵焼きが挟まれたものがきた。2つずつあったから交互に食べることにした。正直どうせチェーン店だからと期待していなかったがパンは軽くトーストされており溶け出したマーガリンが染み込んでおり芥子もマヨネーズも丁度いい分量でとても美味しかった。卵のサンドウィッチはとろりとした卵が温かくこれもよかった。僕はただ静かに食べていた。その間もトラックドライバーは眠り若い集団はわいわいと話していた。あいつの彼女がどうとかこの間この服を買ったとか他愛もない話を。羨ましくそして懐かしかった。僕にもそんな時代はあった。学生の頃公園で近所の友達と語り合った夜。思い出すときりがない。若い集団の一人が旅行に行きたいと提案する周りもそれに賛同する。沖縄とか大阪の名前が出る。僕はその話を聞きながらしばらく旅に出ることを決めた。行く先は決めず今日みたいに車を走らせる。なにか目的が決まると人間なんて簡単で心は軽くなった。僕は会計を済ませ店を出ると自宅までのナビを設定しやれやれと思いながらも少し明るくなった空の下を走り出した。夏が近い。春が終わる。

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