煙と悩みと風とで

五月にしては寒い日だった
僕はトレーナーの上にジャケットを羽織り
いつも通りジーンズの後ろポケットに煙草とジッポーを
左ポケットには鍵を入れて近所の弁当屋へ出掛けた。
夜八時、空は昨日からの雨の影響で未だに雲が広がってた。 
僕は煙草に火をつけ胸一杯に煙を吸った。
冷たく澄んだ空気とジッポーのオイルと煙草のおかげで気持ちが落ち着いてくる。
弁当屋まで僕は軽く歌を口ずさみながら歩いた。
なにも考えたくはなかったしそれにジャケットを羽織ってきたにもかかわらず寒さを感じずにはいられなかったから弁当屋にはすぐに着いた。
大きな道路に面したそこは車通りが多いにもかかわらずその店だけが明るく照らされており何処かしら暖かい空気を感じられた。
僕の他に学生、長距離トラックのドライバー、帰宅中のOLがいた。
彼らは注文を済ませ店前に置かれた申し訳程度のベンチに座り弁当の完成を待っていた。
僕は注文を済ませブリキの吸殻入れが置いてあるベンチの横に座った。
そこに座るそれぞれが何かしら悩みを抱えていてけれどそれを解決できずにひたすらに日々を過ごす。
僕も彼らと同じように悩みはあったしそれを解決できずにいた。そうやって少し淀んでしまった空気と煙草の煙を孕んだ空気と弁当屋の暖かい空気が綺麗に混ざり合い何故だか居心地のよい空気となっていた。少しの安心感があったのだろう。
そういう空気の中で五分程経っただろうか弁当屋のカウンターには僕以外の三人の弁当が並び始めベンチには僕一人になった。さっきまでの心地よい空気は夜の冷たい風に流され僕はまた日常の中へと戻ってきてしまった。

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