春と秋だけが味方

ベランダにでて一息つく。
八月、真夏の深夜。
その暑さで雲も溶け出していて空には数え切れない程の星と一つの月だけがこの暑さから逃れることが出来ていた。
無数の蝉や鈴虫がだけが八月の短い真夏の深夜に生きる。
開けたままの窓から流れ出るエアコンの冷たく乾いた空気。
彼はまた真夏の空気に変わりどこか遠くへ運ばれていく。
僕だけがここでいつまでも一歩を踏み出せずに漂っている。
つけたままの音楽プレイヤーからアルバムの四曲目が流れる。
真夏の深夜でも真冬の深夜でも僕は変わらず煙草の煙を肺に吸い込みそして吐き出す。彼らは風に運ばれる。それを見て僕は羨ましく思う。前はそんな敷かれたレールの上をただ歩く人生なんて心の底から馬鹿にしていたのに気付けば敷かれたレールの上さえもろくに歩けていない。
音楽プレイヤーはアルバムの九曲目を流し終えた。
沢山の人が僕の前を歩き道を示してくれたがその度に自分の道を探すと言って立ち止まっては見失ってを繰り返した。そんな人たちもまた僕の人生から溶けて消えた。冬になるとその人達を思いだし後悔し夏になれば気まぐれで一歩踏み出そうとして結局踏み出さずに大切な人たちを失い冬を迎える。
月が沈み陽が昇れば状況は良くなると自分に言い聞かせる。
そして静かに煙を吐く。これも何回目だろうかと思いながらも僕は真夏の湿った深夜から出ていく。乾いた部屋の中をうつむき加減で自分のベッドに向かう。また今日が終わる。
明日はまた三一回目の今日だ。
音楽プレイヤーはアルバムの一曲目をプログラムされた通り流し始める。

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