『宇治拾遺物語』「博打ノ子聟入ノ事」と三回化について

  「博打ノ子聟入ノ事」と三回化について
某大学 某学部 某学科  寿陵余子

  はじめに

 『宇治拾遺物語』(一)巻第九の八「博打ノ子聟入ノ事」(二)には、「三度までよべば、いらへつ。」(三)という文が出てくる。この三度という表現はプロップの三回化と何か関連があるのか気になった為、三回化とはどういったものなのか、プロップや『昔話の形態学』も含めて調べてみようと思った。

1章 プロップについて

 そもそもプロップとはどのような人物なのかを調べる。「デジタル版 集英社世界文学大事典」(四)には以下の記述が見られる。
プロップ ウラジーミル・ヤーコヴレヴィチ
Влади́мир Я́ковлевич Пропп
ロシア・ソヴィエト 1895.4.17-1970.8.22
ロシア(ソ連)の民俗学者,文芸学者。1918年にペトログラード大学歴史・文献学部を卒業,ドイツ語教師などを経て,32年以降死ぬまで40年近くレニングラード大学で教えた。彼の名声を高めたのは『昔話の形態学』Морфология сказки(1928)である。昔話の筋・題材構成の共時的分析を通して登場人物の行動が共通のパターン(31個の〈機能〉)をもつことを明らかにしようとしたこの研究は,それまでの昔話研究を一新させ,1950年代半ば以後の構造主義的昔話研究の契機となった。(後略)
 ここから、プロップは民俗学者、文芸学者であり、『昔話の形態学』(五)という著書によってその名を広めたという事が分かる。

  二章 橋本陽介『ナラトロジー入門 プロップからジュネットまでの物語論』

 次に、プロップ『昔話の形態学』についても調べる事にした。
 橋本陽介『ナラトロジー入門 プロップからジュネットまでの物語論』(六)で『昔話の形態学』について言及されている箇所があった為、引用する。
  『昔話の形態学』で分析の対象となっているのは、ロシアの魔法昔話である。プロップ    
  はロシアの魔法昔話を仔細に検討した結果、非常に似通っていることを発見し、「あらゆる魔法昔話が、その構造の点では、単一の類型に属する」と結論付けた。つまり、ロシアの魔法昔話はすべて一つの設計図に基づいて作られていると考えたのである。(七)
 ここから、『昔話の形態学』は、ロシアの魔法昔話についての理論書である事が分かる。
 では、具体的にどういった理論が書かれているのか、先行研究を調べる。

  三章 平井邦男「小説の表層構造と深層構造」

 平井邦男「小説の表層構造と深層構造」(八)は、その名の通り、表層構造と深層構造という二つの観点から小説について論じたものである。ここでの表層構造とは小説の表面的な部分の事であり、深層構造とは表層構造によって表される、もっと抽象的な意味の事である。
そんな「小説の表層構造と深層構造」について、最も興味深く感じた箇所を次に引用する。
  この小説の深層構造と文の深層構造とを比較してみよう。文の深層構造は、簡単にいえば、名詞句と動詞句によって成立する。そしてて(原文ママ)、文の中心的な意味を表わすのは、動詞句だといってよいだろう。名詞句は、その動詞句に対して何らかの関係を持ち、何らかの役割を持つ。例えば、動作主であるとか、動作の対象であるとか、という風に。これと同様のことが、小説の構造に当てはまるだろう。つまり、小説の中心的な意味は、動詞句で表わされる。即ち、行動であるとか、状態であるとか、状態の変化であるとか、である。これらの行為の連鎖が、小説のプロットを形成し、小説の中心部だといってもよいだろう。そして、動詞句につきそう名詞句に相当するのは、登場人物や、状況や事物などである。これらは、動詞句に対して何らかの機能を果たし、小説の深層構造を形成している。(九)
 これを読んで一番に思い出したのは、『昔話の形態学』の「昔話の研究にとって重要なのは、登場人物たちが何を行うかという問題です〔Ⅲ~Ⅵ章〕。誰が、行うか〔Ⅷ章〕、また、どのように行うかという問題〔Ⅶ章〕は、すでに、単に付随する副次的な問題にすぎません。」(十)という箇所だ。先の「小説の表層構造と深層構造」からの引用部は、このプロップの言説と非常に近いように感じられる。また、実際に「小説の表層構造と深層構造」ではプロップの『昔話の形態学』を用いた論を展開している。
 ただし、一か所だけ、「小説の表層構造と深層構造」が『昔話の形態学』と異なっていると感じられた所がある。「小説の中には様々な人物が登場するが、この人物がどのような特徴を持っているかを知ることは、深層構造を知る上でも重要なことである。」(十一)という所だ。プロップにとっての登場人物は、ただ機能を行う役割でしかなかったはずだ。(十二)

  四章 谷口勇「プロップのレヴィ=ストロースへの反論 ――『民話の形態論』をめぐって――」

 谷口勇「プロップのレヴィ=ストロースへの反論 ――『民話の形態論』をめぐって――」(十三)にもプロップや『昔話の形態学』についての記述があった。「プロップのレヴィ=ストロースへの反論 ――『民話の形態論』をめぐって――」も、その名の通り、プロップとレヴィ=ストロースの論争についてのものだ。
 ここで、レヴィ=ストロースについても触れておく。
レヴィ=ストロース
Lévi-Strauss, Claude
1908.11.28~2009.10.30
フランスの人類学者.
ユダヤ系.コレージュ・ド・フランス教授[1959-82].サンパウロ大学社会学教授[35-38]を機に哲学から人類学に転じ,ボロロ族等を調査.のちアメリカ亡命中R.ヤーコブソンを知り,構造論的方法を会得し,《親族の基本構造▼:Les structures élémentaires de la parenté, 1949》で婚姻を集団間の女性の交換と見て,集団と集団との交換の体系を明らかにして,構造人類学を樹立.やがて西欧近代思想の普遍性を根本的に反省する紀行《悲しき熱帯▼:Tristes tropiques, 1955》や《野生の思考▼:La pensée sauvage, 1962》を発表して脚光を浴び,構造主義の旗頭と目される.次第に神話研究に専念,《神話論理▼:Mythologiques, 4巻, 1964-71》では主に南米先住民の神話を素材に,野生の思惟を導く〈構造〉を探った.親族関係,儀礼,神話などの分析に構造論的な方法論を確立し,人類学だけでなく,広く現代思想にも大きな影響を与えた.
〖著作〗 構造人類学:Anthropologie structurale, 1958.今日のトーテミズム:Le totémisme aujourd'hui, 1962.構造人類学II:Anthropologie structurale deux, 1973.(十四)
 ここから、レヴィ=ストロースは、構造主義的である事が分かる。。その点でプロップとも似ていると言えるだろう。
 話を「プロップのレヴィ=ストロースへの反論 ――『民話の形態論』をめぐって――」に戻す。ここでは、プロップと『昔話の形態学』について、次のように言及している。
  かれは、殆ど手つかずに放置されていたアファナーシェフの収集から、一〇〇のテキストを基礎に、形態論的アプローチを行うことにより、ロシア魔法民話の類型単位、すなわち“機能”(=「筋の展開に対して持つ意義の観点から規定された、登場人物の行為」)なる不変項に基く構造単位、を体系的に開示して見せたのである。(一五)
 他にも、「物語芸術の理論へのフォルマリストの最も有力な貢献の一つ」(十六)という言葉を用いて称賛していたりする。

  五章 小田淳一「物語における「三回化」の諸相」

 プロップや『昔話の形態学』についてある程度の先行論を見られた所で、本題の三回化について調べた。小田淳一「物語における「三回化」の諸相」(十七)は三回化について以下のように説明している。
  物語における「三回化 Trebling」とは、何らかの物語要素(多くの場合は或る「行為」であり、更には、或る属性を有する状態も含む)が三回繰り返されることを意味する。(十八)
 また、三回化において繰り返される要素や繰り返し方については次のようなものがあると述べられている。(十九)
〈繰り返される要素〉
  ・属詞的性質を持つ個別的な細部(龍の三つの頭など)
  ・或るひとつの機能
  ・機能の対(「追跡―救出」など)
  ・機能のグループ、或いはシークエンス全体(「贈与者」が「主人公」に「呪具を贈与」など)
 〈繰り返し方〉
  ・等価的(「三つの任務」「三年の務め」など)
  ・反復の度に程度が増大する(任務の難度、闘いの激しさなどが三回目にmaxに達するなど)
  ・最初の二回が否定的結果で、三回目が肯定的結果
 これを用いると、『宇治拾遺物語』「博打ノ子聟入ノ事」に出てくる「三度までよべば、いらへつ。」は、最初の二回が否定的結果で、三回目が肯定的結果というタイプの三回化であることが分かった。

  考察

 以上を踏まえて考察する。
 『昔話の形態学』とは、フォルマリズムを代表するプロップによる文学理論についての書である。『昔話の形態学』は魔法昔話について機能を抽出した上で形態学的に分析している。また、三回化についても言及している。
 三回化には複数のパターンがある。『宇治拾遺物語』「博打ノ子聟入ノ事」に出てくる「三度までよべば、いらへつ。」は、三回目が肯定的結果というタイプの三回化であると言える。

  注

(1) 中島悦次校注『宇治拾遺物語』株式会社KADOKAWA、昭和三十五年四月三十日。
(2) Ibid., 二二五頁。
(3) Loc. cit.
(4) ジャパンナレッジ デジタル版 集英社世界文学大事典(※諸事情によりURL省略、令和二年一月八日閲覧)。
(5) ウラジーミル・プロップ『昔話の形態学』白馬書房、一九八七年八月十日。
(6) 橋本陽介『ナラトロジー入門 プロップからジュネットまでの物語論』水声社、二〇一四年七月三十日。
(7) ibid., 二二頁。
(8) 平井邦男「小説の表層構造と深層構造」『大手前女子大学論集』十五巻、一九八一年十一月六日(http://id.nii.ac.jp/1160/00001238/ 令和二年一月八日閲覧)。
(9) Ibid., 一七一頁。
(10) プロップ、op. cit., 三三頁。
(11) 平井邦男、op. cit., 一七三頁。
(12) 橋本陽介、op. cit., 二七頁で「プロップの理論では、人物とはあくまでもその機能を行うだけの存在とされる。」と言及されている。
(13) 谷口勇「プロップのレヴィ=ストロースへの反論 ――『民話の形態論』をめぐって――」『イタリア学会誌』二三巻、一九七五年
(14) ジャパンナレッジ 岩波 世界人名大辞典(※諸事情によりURL省略、令和二年一月八日閲覧)。
(15) 谷口勇、op. cit., 九七頁。
(16) Loc. cit.
(17) 小田淳一「物語における「三回化」の諸相」『人工知能学会全国大会論文集』二八巻、人工知能、二〇一四年。
(18) Ibid., 一頁。
(19) Loc. cit.

参考文献

中島悦次校注『宇治拾遺物語』株式会社KADOKAWA、昭和三十五年四月三十日
ジャパンナレッジ デジタル版 集英社世界文学大事典(※諸事情によりURL省略、令和二年一月八日閲覧)。
ウラジーミル・プロップ『昔話の形態学』白馬書房、一九八七年八月十日。
橋本陽介『ナラトロジー入門 プロップからジュネットまでの物語論』水声社、二〇一四年七月三十日。
平井邦男「小説の表層構造と深層構造」『大手前女子大学論集』十五巻、一九八一年十一月六日(http://id.nii.ac.jp/1160/00001238/ 令和二年一月八日閲覧)。
谷口勇「プロップのレヴィ=ストロースへの反論 ――『民話の形態論』をめぐって――」『イタリア学会誌』二三巻、一九七五年
ジャパンナレッジ 岩波 世界人名大辞典(※諸事情によりURL省略、令和二年一月八日閲覧)。
小田淳一「物語における「三回化」の諸相」『人工知能学会全国大会論文集』二八巻、人工知能、二〇一四年。
平嶋一美「『イヴァン』における「泉の冒険」について」『フランス文学論集』二七巻、一九九二年。
駒木敏「『日本霊異記』と民話的方法」『日本文学』二四巻六、一九七五年。