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2.猫の鼠辞退



朝の身支度をダラダラと終え、そのへんに放り投げたヘアゴムで適当に髪を縛る。
伸びたなあ~。美容院行かなきゃかなあ。
そう思いながら、玄関へ向かう途中で鏡を横目で見ると、なんだ、結構決まってるな。じゃあまだいいかあ。なんて思いなおす。

……昨日のアレ、はるまくんドキドキしたかなあ。
俺はメッチャドキドキでウキウキした。

あ~。
今日会えるのが楽しみだ。



教室に入ると、よくつるむクラスメイトたちが「おい~す!」などと言って俺を取り囲む。
昨日はどこ行ってたんだよ~、なんて疑問をまあまあと適当に躱しながら自分の席に着いて、隣の席を見るけど、彼はまだ来てないみたいだった。
まさか、来ない?
え~、やだなあ。

スマホを出して、溜まりこんだ通知を適当に消化して時間を潰していたら、カラカラ……と控えめに教室の扉が開く。

……きたきた!


「はるまくん、おはよ。」
「ひっ、あ、おは、よう……」

相変わらずオドオドしてる。まあ、昨日は怖がらせちゃったししょうがないか。
でも、怯えながらも挨拶が返ってきたのが嬉しくて、席に着く彼の挙動を、一から十までずっと見てしまう。目線は全く合わないけど。


「ね~はるまくん、昨日晩ごはんなに食べたあ?」
「えっ……?えっ、と……食べてない……」
「え!?晩ごはんを!?」
「ひぇ……うん……」
「マジ?そんなことある?大丈夫?」

びっくりして問い詰めると、やっと目が合った。
ちょっと厭わしそうな目線。
俺のせいってことかな。


「……思い出しちゃって食べられなかった?」
「っ……」

聞くと、ぷいと顔をそらされる。
……面白い。
この感情がなんなのかよくわからないけど、こういうのを見るとやっぱりからかいたくなってしまう。


「はるまくん。」
「!!」

立ち上がり、はるまくんに近づくと、身体をびくっと震わせて警戒される。

ふわふわした、色素の薄い髪が身体に合わせて震えてる。
昨日も思ったけど、大きい目だなあ。
見上げてくる瞳が零れそう。
たしか体育は苦手なんだっけ?なら外出ないんだろうなあ、肌白い。
弱そう。


「今日の放課後さあ、空けといて。」
「…………っは、はい……」
「うん。」

はるまくんの机とイスの背もたれを掴んで耳打ちするようにお願いをしたら、瞳をうるうるさせながら答えてくれて、俺はご満悦だった。





放課後、トイレから教室に戻ると、ちょこんと座る彼の姿。
それを見た瞬間ゾクっとする。
ん~~……この感覚。


「おまたせ。待っててくれたんだ。」
「あ、う、うん……」

近付きながら声をかける。
縮こまってこちらを見上げるはるまくんは、やっぱり怯えている。


「じゃ、行こっか~。」
「え、ど、どこいくの?」
「んえ~?ん~、どこ行く?」
「っえ?えっと……ぅうん……」

荷物を取って歩き出す俺を困った顔で追いかけてきて、数歩後ろで悩んでいる。
あんまり放課後遊んだりとかしないんだろうな。いつもひとりで帰ってるイメージだし。


「お腹減ったよねえ。マックいこ?」
「え、あ、うん……わかった」

まあ一旦、腹ごしらえしてから遊ぼう。





「それ足りるの?」
「……うん、だ、大丈夫……」

ハンバーガー一つと、Sサイズのコーラ。以上。
その向かいで俺は、ハンバーガー二つと、ポテト、ナゲット、Lサイズのスプライトを口に運ぶ。
小食すぎない?俺なら夜腹減って死ぬなあ。まあ俺が大食いなのもあるけど。


「はるまくん、はい。あーん」
「えっ?な、ナゲット……」
「うん。いっこあげる。はいあーん」
「へあ、え、あ、あー……」

困り顔に思い切りナゲットを近づけて強制あーん。
昨日俺が三回食べた小さな口を開いてくれる。ちっせ~。
ナゲットをぎゅっとねじ込んで、必死の咀嚼を眺めているとついニヤける。


「おいし?」
「ん……あ、あふぃあとう……」
「うん。」

あ~~~。
この、感覚。
たとえば、子猫や子犬が、お間抜けやってる動画。高いとこに登って降りられなくて助け求めてるやつとか。あとは、子供が転けたりして泣いて、親に慰められてる動画。あと、知らない学校のいじめの隠し撮り動画。

ドキドキ、ていうか、ゾクゾクする。

目の前の彼にもおんなじ気持ちがふつふつと沸く。
かわいそうな顔、もっと見たい。

もっともっと見たい。






「はい。先歌っていいよ。」
「え、いや、あの、僕、歌……は……」

マックを後にして、俺たちはカラオケの個室に入った。
狭い個室の中でデンモクを渡すけど、どうやらこれまたあまり経験が無いようだった。
両手で機械を持って慌てふためいてる様子を、頬杖ついてニコニコ眺める。


「……ごめん、あの……初めてで……」
「ん~。なんでもいいよ。なんかしらあるでしょ?歌える曲」
「……うぅ…………」

は~。かわいそ~~。
慣れない手つきで画面をタッチしてる様子は赤ちゃんみたいで、つい手を出したくなる。
でも我慢。
今逃げられちゃったらもったいないしね。


「や、柳くん……」
「ん~?」
「あの、先……歌ってほしい……」
「え~?はるまくんの歌聞きたいなあ」
「ぼ、僕、曲、まだ決められそうにないから……」

おずおずとデンモクを返されてしまった。
仕方ないのでそれを受け取る。


「しょ~がないなあ~、俺が歌ってる間決めといてね?」
「うん……ご、ごめんね」

ぺぺぺ、と適当に十八番を入力すると大音量で曲が流れだす。
あ、めっちゃビクッてした。ふふふ。

歌っている間、はるまくんはこっちを見たり、デンモクを見たり、ずっとアワアワしていたけど、ちゃんと曲は決まったみたいだった。

演奏が終わり、はるまくんが入れた曲が始まる。


「はい。マイク」
「あ、ありがと……」

手渡すと両手で握りしめて、心なしか姿勢を正す。
膝くっつけて座ってる。緊張してる、面白い。
室内には聞いたことのない電子音のメロディーが流れている。


「へ~、何この曲?初めて聞いた~」
「あ、う、に、人気の曲、あんまり知らなくて……」
「これ人気じゃないの?」
「あ、えっと……」

わざといっぱい話しかけて、歌い出しで焦らせる。面白い。無視すればいいのに。
申し訳なさそうにはるまくんが歌い出す。


「……~~~……♪……~♪」

声ちっさ。
歌っているのにも構わず、また話しかける。


「あはは、はるまくん、もっと腹から声だしなよお。」
「♪~~……う、あ、え、ごめ、」
「この曲めっちゃテンポ早いじゃん。はは。ハキハキ歌いなって、ほら」
「っうあ!?」

はるまくんの制服をぐいっと捲り、おなかに触れる。
うわ、うっす。肉も、筋肉もほぼついてないペラペラの腹。


「腹筋に力いれな~?」
「ちょ、やめ、やめて……」
「ん~?……くすぐったい?」
「くすぐっ、たい……やだ……!」

嫌そうな上擦った声。ゾクゾクする。
もっといけそうだなあ。

……個室からは簡単には逃げられないよね。

抵抗する華奢な身体を押して、両手でソファに縫い付ける。


「あはは」
「ひ……ぅ……」

俺を見上げる瞳は昨日と同じ色をしてる。
怯えちゃって、かわいそうに。
きっと今彼の頭の中では、昨日の出来事が反芻されているんだろう。恐怖でゆらゆら揺れる色素の薄い目、もっと見たい。もっと。
もっと。

服をガバッと捲り上げて、胴体を露わにする。
いっぱい着込んでるから、折り重なる布に覆われてはるまくんの顔が見えづらくなる。
ああ……でも、涙で滲んだ瞳が見える。それに声が聞ける。


「ちゃんと声出してね。」
「やめっ……!なに……っ、!!!いっ……たぁ!!!」

脇腹の、かろうじてつまめる部分の皮膚に噛り付く。
歯がトランポリンみたいに跳ねる感覚が顎に伝わる。やべ、力強すぎたかも。
離さないまま、その皮膚をじゅるじゅると吸い上げると、ジタバタともがいて抵抗してくる。
口を離し、暴れる両手と両足を力づくで抑え込んで、顔を近付ける。


「ね、怖い?痛い?」
「ぉおねがいっ!やめて!!いうことっ……聞くからぁ!」
「え~?……これがやりたくて連れ込んだのに。」
「ひっ……やだ、おねがい、やだ、やだっ……」
「あ、血でちゃったね。」
「あ、あ……やだ、いたい……」

くっきりと残った歯型の一部が赤く涎で滲んでいる。
うわ~~~、しゃしんとりたい……。
こんなに興奮したの、久しぶりかも。

プルプル震えるおなかが、涙をダラダラながす瞳が、必死の抵抗敵わぬ四肢が、哀れで愛おしい。

もっと。もっと。
もっと!


「いたあっ!!!痛い!やだっ……!!」
「んむ……ふふふ……」

こんどは臍の横に嚙り付く。そのまま頭をよじって、痛みをたくさん与える。
跡がついたら、逆側も同じようにしっかり歯型を掘る。

あ~。腕も行きたいな。右腕がいい。はるまくん右利きだから。
雑にブレザーを引っぺがし、カーディガンのボタンも構わず引きちぎる。
シャツの右袖を捲ってバクッと咬みついて、いちばん力を込めながら、見やすくなった彼の顔を見る。


うわ。
メッチャ良い。その表情。
青ざめて、これまでにないくらい怯え切った目で、歯を食いしばってる。
かわいい……。

……あ!
そっか!かわいいんだ!

俺知ってる!キュート……アグレッション!

そっかあ。なるほど。
じゃあ今俺がやってるのって合ってるなあ。
可愛すぎて食べちゃいたい、みたいなやつだもんね。


「やなぎくっ……痛い……!やめて……グスッ、おねがい、しますっ……」

泣きながら懇願するはるまくん。
ははは、そんなの逆効果でしかない。
脳内を満たした液状のドーパミンが沸騰するみたいな興奮。
かわいそう。面白い。
かわいい。

もっと見たい!もっと!
もっと!
もっと!


「…………ありゃ。」
「っあ、えっ」

はるまくんの襟に、ポツ、と小さな赤い丸が咲く。
俺、鼻血出してる?


「うははは、やば、え、とまんね~」
「わっ、あ……だ、大丈夫……?」

上体を起こして、鼻を抑える。
俺の身体から解放されたはるまくんが、テーブルの上のおしぼりの包装を破いて渡してくれる。


「ふぁ~……ありがと…………はは、こんなことされたのに優しいね」
「っ……あ、いや……」
「ごめんね。はるまくんこそ大丈夫?……大丈夫じゃないかあ。」
「…………」

俯いてシャツを握りしめてしまった。
鼻を抑えながら、床に落ちたカーディガンとブレザーを拾い上げて渡すと、ぎゅっと抱きかかえてそっぽを向く。

う~ん。かわいい。

……鼻血出てよかったかも。
あのままだと本当に食べちゃってたかもな。


「…………帰ろっかあ。」
「……うん」


今日はここまで。
逃がしたくないから、帰りはめいっぱい優しくした。効果あるかわかんないけど。





家に帰ってから、スマホを開く。
帰り道、無理やり交換させたメッセージアプリに文字を打ち込む。


『今日はありがと。ごめんね。
 もう絶対しないから、また遊んでくれたら嬉しいな。』
(俺のお気に入りの、ちいさくてかわいいキャラクターのスタンプ)


送ったらすぐに既読が付いた。
ちょっと時間をおいて、返事が返ってくる。


『わかりました。また明日』


…………『また明日』。


うわ~~~~~~。
あんなことされてこんなこと送れるんだ。
めちゃくちゃヤバいなあ。

かわいい。かわいい。
哀れだな~。



……もちろん『もう絶対しない』なんて嘘なのにな。
俺、やりたいことは我慢しないもん。

かわいいはるまくん。
しばらく楽しくなりそ~。



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