我は苦難の道を行く 汪兆銘の真実

書名になっている「我は苦難の道を行く」は汪兆銘が蒋介石に送った書簡の「君為其易、我任其難」に由来するが、連合国側の蒋介石の国民政府と日本側の汪兆銘の南京国民政府とにお互い合意の上で袂分ち、連合国と日本のいずれかが勝つても中国が生き残れる作戦だったという説は興味深い。

日本も汪兆銘の南京国民政府を前提として、近衛内閣の「国民政府を対手とせず」という声明を出したのならば理解しやすい。

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