連作 仕掛かりの歌

ロビーより先は手狭き棟ごとの
エレベーターに高き天井

制服を脱ぎ捨て見えぬ心なぞ
気持ち寄せたるオフィスカジュアル

黒ずんだ床の輪ゴムが拾われて
細い手首に仮置かれたり

手順書で手取り足取り体幹の
バランス感ず足癖で立ち

人へふり工夫の余地を残したる
作業机は整然として

起伏富む急な加速で立場上
ミス無き事を黄色い声で

空席のグラスを運ぶ塩梅に
振り向く手にはパソコンが乗り

弁当を小さな口で懸命に
子ほどの若き上司が席で

水分の補給で随時ロッカーで
嗜好の知れるボトルの口を

作業ごとチーム隔てるルーチンに
皆の聞き入る読み合わせなり

貰い受く中にはガチャのパッチンが
手指の代わり押さふ前髪

朗らかな声が職場の雰囲気を
伏目にくふと笑えば下手で

多様性好むと察し飛躍せり
推せる甘味に輝ける顔

鳥獣や時を経て尚放たれて
好きに呼ばれし縞柄の箱

階下まで近いと思しお遣いを
家の者にと直ぐ出掛けたり

溌溂と一人硝子に背を向けて
エレベーターの起毛の面へ

朝礼のコート姿が遠く見え
シャツ一枚の滑り込みかな

窓口の奥でくだけり奇麗めな
洗いざらしの着回しの服

ブラウスを深く抉れるジャケットが
ID写真撮れた模様で

独り身の例えと念に照合で
戸籍用いる研修に立ち

手の甲のメモ書く肌を取り急ぎ
カッターで箱開けようとして

繁忙期痩せると聞かば見て遣れと
同じ作業に取り組む机

持つがまま渡し本意はスタンプに
個体差ありて時間差の謝意

たかがペンされど数多に貸したきり
甘え上手な懐の内

視力落つ裸眼や今に談笑し
袖擦る島を遠い目で行く

窓口へ立ち魚みたく水を得り
一歩の距離が曖昧な折

エレベーターガール演じたニアミスの
昨日無かったように駆け乗り

真に受けた針刺す砂だ塩だかの
棚をおろしてごった返らん

一心に強く握って頼りたる
台車へ椅子を引込める身よ

上気した木を隠すには森と云い
淡く日が射す窓際の棚

立膝でコピー用紙へ擦り寄れば
狭き視界の先に目が合い

できたての出来はさて置き奉る
流れ作業が冷めないうちに

尋ねぬも早く過ぎてと案ず身を
ツリーの灯る昼休みなり

背の人へ近き会話が仕掛かりの
箱や手足の間を抜けて

席替えであの娘はやっと後手に立ち
他人行儀を泣くのはどっち

好みより意味を受け取り差し入れで
じゃんけんからの冷蔵庫なり

泳がせる隙に通ずと島かげへ
吹けば飛ぶよにコンテナを押し

ドラえもん欲しいと急にライバルの
荷物退かした熱帯びたまま

運休を見越して帰路に上階で
舞ってた雪が冷たく降りぬ

おはようの声を受け取るIDの
カードがしかと押し当てられて

片腿で荷支え枕するように
カードをかざし開けるドア前

寂しきは仕事納めに片付いて
置きっぱなしの気持ちが残り

懐かしき帰省は又に舞い戻り
早上がりから二時間ぶりに

休みには海の臨めるエリアまで
期限間近な定期を握り

誤魔化しは無駄と頼れるフィジカルで
姿見せない最終の午後

人聞きに山へ備品を返しつつ
定期切れゆく人知れぬまま

さよならを言い終え息の合うことを
箱に詰めては渡す残業

東西へ分かれし駅もこれからは
上り下りのすれ違うのみ

ぽっと出に葉ぶりの深き中央の
分離を白いブーケに見立て

満了の望み結んだ契約に
書き足せようか春風の街

 「第69回角川短歌賞」応募作品。

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