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花の一枚 28

風がひとひらの花びらを運んできた。

私は、髪に付いた桃色のそれを指でそっと摘む。そして、それを夜桜見物のために桜の木の下に置いてあるライトで照らしながら、じっと眺めた。
「儚いものだな・・・」

この季節になると、思い出すヤツがいる。
ヤツの名は、祐二。祐二の兄は祐一。奴は二番目に産まれたからそう名付けられたが、俺はそれが気にくわねぇといつも言っていた。

祐二は、小学生の時からの幼馴染みであり、会社の元同僚だった。だった、と過去形なのは、祐二は5年前の春に会社を辞めたからだ。確か、引継ぎがあったから、4月末で退職だった。

「おい、それ・・・マジで言ってんのか?」

祐二から会社を辞めると聞いた時は、正直ショックで、それ以上の言葉が出てこなかった。それでも力を振り絞って、辞める理由を聞いてみた。すると祐二がぽつりぽつりと私に語り始めた。

「俺さ・・・何をやっても、かなわねぇんだよ、みんなに。勉強やってもだめ。運動やってもだめ。走っても、泳いでも、いつもみんなに追いつけなかったんだよ」
「・・・それと会社を辞めることと何の関係があるんだよ?」
「俺、高校んとき、荒れてただろ?気に入らねえことがあるとすぐモノ壊してさ、家出てって、バイクで夜中ずっと走ってた。あぁ、警察の世話にもなったな」
「知ってるよ」
「だよな。お前は俺の全部を見てきた。小学生の俺、中学生の俺、高校生の俺・・・そして、今の会社の俺。俺もお前も優等生じゃなかったけどよ、それでもお前は決して俺を見捨てることはなかった。・・・どんな時でもお前がそばにいた」
「幼馴染みとして、当然だろ?」
「お前はいつもそう言うんだよな。いつもそう言って、俺を真っ当な道へ連れてってくれてたもんな」
「・・・いや、高校の時は、荒れていくお前を見てるしかなかったけど」
「いや、お前がずっと見ててくれてたから、俺、あの時、真っ当な道に戻ってこれたんだよ。今だから言うけどさ、バイクでお前とすれ違った時に気づいたんだ。あの時、お前のその真っすぐな目を見たんだよ。見てしまったんだよ。こんなサイテーな事やってる俺を小さいガキの頃からずっと見てるその目で見てる。変わんねぇな、こいつって。」

「・・・。」

「お前のその目を見て、ふと思ったんだよ。俺がこんな姿になっちまっても、ちゃんと見てくれてるヤツがいるって。そう思ったら、なんか馬鹿らしくなってきてさ。それで、お前に連絡とった」
「確か、高校中退して、家にも帰らずに、どこにいるのか分からない時だったよね。あの時は、急に連絡がきたからびっくりしたよ」
「そうだよな。あの時はかなり気合入れたんだぜ。お前とまともにしゃべるのも10年ぶりぐらいだったからな。そしたら、お前が会社で人募集してるから来ないかって言ってくれた」
「そうだね。もう一度、祐二と一緒にいろいろやってみたかったんだよ」
「でもな。・・・俺、お前から卒業しようと思うんだ。そりゃ、今の仕事、なんだかんだ言って楽しいぜ。けど、いつまでもこの空気に甘えていいのかよ、俺?・・・そう思ってさ」
「何言ってるんだよ・・・」
「今の会社で、お客様に『ありがとう』って言われるたびに、俺の人生にはなかった言葉だったなと思ってたよ。感動してたんだよ。で、思ったんだ。もっと『ありがとう』って言われたいって」
「だったら、わざわざ会社辞めなくても・・・」
「自分のやり方で言われてみたいんだ。誘ってくれたお前には悪いけどさ。いや、マジでお前には感謝してるんだぜ、これでも。でも、自分の力ってやつ?試してみたくなってさ」
「おい、それ・・・マジで言ってんのか?」

撮った。

祐二とのそこまでのやり取りを思い出して、私はふと空を見上げた。月がまぶしい。思わずスマホを取り出して、撮ってみた。そして思った。祐二とこの話をした時もこんな月夜の桜の下だったなと。

あの時、なぜ祐二がそう言って会社を辞めたのか、私には理解できなかった。最後まで引き留めたが、祐二の決意は揺らぐことはなかった。そして、今でも祐二の気持ちが分からないでいる。

卒業するといって辞めた祐二とは、もう連絡をとっていない。祐二は会社を辞めて地元から離れてしまった。今どこで何をしているのか、まったく知らない。あんなに小さい頃からずっとそばにいたのに、こんなにあっさりといなくなるなんて・・・。

でも、心のどこかで、いつかまた祐二から連絡がくるんじゃないかと、ずっと思っている。そして、祐二もどこかでこんな桜を見てるよな、きっと。俺はそんなことを思いながら・・・。

満開の桜を眺めた。



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この記事は、yuca.さんのこちらの企画に参加させていただきました。

ちょっと参加のつもりが、すっかり長くなってしまいました・・・。
すみません・・・。そしてめっちゃドキドキしています(^^;
発想が昭和ですが、桜の下でこんなことを思っている人もいるかなと思って・・・。
yuca.さん、どうぞよろしくお願いいたしますm(_ _)m


記事を書くための栄養源にします(^^;)