花束

 花束を抱えた女性を見た。
 おそらく、貰ったものでもなければ渡すためのものでもなく、ただ飾るためだけの花だ。それを大事そうに胸に抱いて、バスに揺られる女性。彼女は生きている。わざわざ言うまでもなく彼女は生きているのだが、私が言いたいのはそうではなくて、溌剌と、言い方を変えれば生き生きとしている。花を飾るというのはただ花瓶に花を挿しておけば済むのではない。適当な花瓶を選び、適切な場所に置き、適度に水を替え、散り終わるまで面倒を見る。そのことが私にはとても大変なことのように思えるのだ。日々、自宅の中を掃除し、炊事洗濯を済ませ、己の身なりを整えるので精一杯であるから、そこに花を飾るだけの余地は、少なくとも私にはない。
 私は見知らぬ女性を羨ましく思った。そして、どうかその花を慈しんでほしい、己の人生を美しく飾ってほしいと、些か出過ぎた願望を抱いたのであった。

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