街角

 日が沈んでしばらく経った頃、私はあてもなく街中を歩いていた。人よりも自動車の往来の方が盛んで、クラクションやカーステレオから流れてくる音楽などで喧しく感じられるくらいだった。ショーウインドウを見つけるたびに立ち止まっては中を覗き込む。見知らぬ誰かの理想で着飾ったマネキンが歩道に向かってポーズを取っている。夜だというのにサングラスをしているマネキンもいて、決して見られているわけではないと分かりながらも私はそのことに安堵した。窓に映り込む私の姿は醜い。
 学生服を着ていた頃は悩みが少し軽かった。流行病のおかげで顔を隠せていた頃も少しばかり心穏やかに過ごせていた。今はそのどちらも過ぎ去ったから、私は都会に出てきた。木を隠すなら森の中ということわざがあるから。それでも現実は厳しくて、圧倒的な人の波の中で暮らすことの難しさを味わった。だから出歩くのはいつも決まって日が沈んでから。現実に針を合わせなければいけないというのに、私はその時計を見つけられずにいる。
 ふと、背後から呼びかけてくる声があった。警戒しながらも振り向くと、外国人らしき男女が車の中から何かを問いかけてきている。
「予約したホテルの場所が分からなくて」
「ああ、それだったら少し走ったところにありますよ。まっすぐ進んで、次の交差点を右に――」
 ふう、と息を吐く。相手が同じ言語を話せる人だから良かった。
 そのことが、しかし次第に心を蝕んでいく。私は、ここに立つことを否定しながら、ここにしか立つべき場所がないのだろうか。
 朝日が昇れば再び人の波の中に消えゆく運命の私は、ショーウインドウの照明を浴びながら、視界が次第に溺れていくのを抑えきれなかった。

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