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【祝・配信】『首』は “北野武版『君たちはどう生きるか』” なのではないかという話

 北野武監督最新作『首』のサブスク配信がもうすぐ始まる。ので、公開初日に観てきて考えていたことなどをこの機会に書いておこうと思う。

 まあ、ほんとは上映期間中に書き上げたかったのを面倒で放置してただけなんだけど。

巨匠にしか撮れない映画

 本作はひとことで表すと「不思議な映画」だった。「ヘンな映画」と言っちゃってもよいかもしれない。

 本作に「巨匠・北野武の6年ぶりの新作」「重厚な時代劇ドラマ」「戦国版『アウトレイジ』」的なサムシングを期待していた人がいたとしたら、おそらくは壮大な肩透かしを喰らったと感じることだろう。

 この映画はいわゆる“アート映画”ではない。かといって、福田雄一的な大衆向けのエンタメ路線へ完全に振り切っているわけでもない。
 なんというか、すごくギリギリなバランスのうえで成り立っている。


 この「どこを目指してるのかよくわからない」ギリギリ感はどこかで見覚えがある。それも、ごく最近に。
 これはアレだ、もうタイトルに書いてあるが『君たちはどう生きるか』と同じ香りがする。


 『君生き』もまた、どこへ着地するのか、今なんの話をしているのか全く読めないドライブ感に満ち溢れた映画だった。そんな中で、ただひとつ猛烈に伝わってきたのは「これが “いまの宮崎駿が本当にやりたいこと” なんだ」という感覚だった。

 本作『首』もまた、「いまの北野武が本当にやりたいこと」をやっているだけの映画だというのが僕の印象だ。


「すべて “遊び” 」にすぎない


 「これまで描かれることのなかった本能寺の変を描く」というのが本作の建て付けである。これは確かに嘘ではない。

本作で描かれる “信長の跡目争い” はなんというか、とにかくどうでもいい。しょうもない連中が足の引っ張り合いをしている様を延々と見せられる作品というのはたしかにあんまりなかったかもしれない。

 本作に出てくる戦国武将たちは、全員もれなくロクでもない。共感もできないし、応援したくもならない。本当に、心底どうでもいい。

 そんな奴らの、ほとんどコントのような権力闘争を北野武は30年もの構想期間と15億円の予算、実力派揃いのスタッフ・キャストを集めて映画化してしまった。こんなくだらない映画をこれだけの規模で作れるのは、邦画界広しといえども北野武ぐらいのもんだろう。

 ロクでなしばかりの戦国武将たちではあるが、あんなんでも一応は一国一城の主なので富と権力は持っているし、民を率いて部下もいる。大将が「右」と言えば右、「左」と言えば左。人としてどうしようもない大将の意向を実現するため、周囲の人々はひたすら振り回されて右往左往しまくる。その有様を眺めてほくそ笑む大将(おもに信長)・・・・・・という構図は、多くの人々を巻き込んでこの映画を完成させた“たけし”と、その周囲の人々(作り手・受け手どっちも)の鏡像にも見える。


 たけしはいわゆる自己批評的なテーマの作品を今までに3本作っている(『TAKESHIS'』と『監督・ばんざい!』と『アキレスと亀』)が、今作もその流れで4部作のひとつに位置付けていいかもしれない。

 というか、最近「巨匠の自己批評」みたいな作品ちょっと多くないすか? 『君行き』もそうだし、『シン・エヴァ』とか、あと映画じゃないけど小沢健二の『ぶぎ・ばく・べいびー』とかもそんなカンジがする。

 とくにオザケンと庵野秀明の共通点とかちょっと興味深い。引用やサンプリングを多用するスタイルとか、結婚してから作風が変わったとか。いろいろ比較して文章化したらなにか見出せるかもしれないな。誰かやんないかな。

画像は本予告映像(https://youtu.be/vcGZ8m7tqDI?si=OlAc9t9_gLM5tPWy)より


 「カンヌで絶賛!」という本作の売り文句なんかはまさにそれを象徴している。映画そのものよりも誰がそれを撮ったか、「世界のキタノの最新作」という現象そのものへの賞賛のように僕には思えてならない。

 そういうところでも、本作と『君たちはどう生きるか』は似ている。まぁ、『君生き』のほうはそのへんにもっと自覚的で、事前の宣伝で映画の中身を一切見せずに「あの宮崎駿の最新作」という看板だけで勝負してたわけだけど。

(念のため書いとくと、映画の中身に対する批判ではないです。僕も絶賛に値する面白い作品だと思ってるけど、それはそれとしてね)


そのほか良かったところ


 もうさんざん言われてるけど、やっぱり荒川良々の切腹シーンは良かったよねー。とくに秀吉(たけし)の「チッ、さっさと死ねよ!」のツッコミはつい真似したくなる(するなよ)。「死ね」「殺す」で笑えるのって小学校低学年までだと思ってたけど、今作はそういうプリミティブなちくちく言葉がとにかく笑える。「これ笑っちゃダメなやつだ」って思ってると余計に。こういう、作り手と受け手の共犯関係みたいなのは好きです。

 厳かな雰囲気の荒川良々とは対照的に、見守っている3人の後ろでずーっと蝉の鳴き声が入ってるのも意地悪で良いし、カットが切り替わるタイミングも気持ちいい。そしてなんといっても、トイレから戻った秀長(大森南朋)の「まだやってんのか?」の奥ゆかしい毒々しさ。『シン・仮面ライダー』の大森南朋も良かったけど、こっちもこっちで。とりあえず、大森南朋と浅野忠信が出てる作品は今後も観ていきたいな。さしあたり両方出てる『殺し屋1』あたりか。でもアレ配信とかやってないんだよな。ちょっと前までネトフリにあったみたいなんだけど。


てなわけで、またなんか観たら書きます。



例の切腹シーン

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