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ホワイト革命。言いたいことも言えないこんな世の中じゃ

ポイズン♫

という曲は、すでに僕も世代ではないが
「赤ちゃんに聞かせたら泣き止むらしい」という
神話を耳にして子育てを始めて急に聞く機会が増えた。

「言いたいことも言えない世の中は」
「ポイズン=毒」 なんですよね笑

今日は、これが非常に前時代的な(古い)価値観になってきている。という話を書こうと思います。

僕なんかも思春期の中で「2ちゃんねる」がでてきて、
いろんな人の「本音」と思しき「汚い(毒)言葉」がネットには溢れていた。
飲み会に行って「会社の愚痴や嫌いな上司の悪口を言い合える仲って、マブダチだよな」みたいな価値観はまだ飲み込める世代。

「本音」とは「汚いものである」

”汚い言葉であっても”本音は出せる世の中であってほしい

こんな価値観ですよね。


それをかっこよく「ポイズン」と表現され、一世を風靡し、
今では赤ちゃんも魅了するわけです。

しかしながら、これはもう古い価値観になりつつある。

新しい価値観はそのように考えない。
本音だからといって汚い言葉の存在は許されない
そんな価値観が出てきているのを強く感じます。

いわゆる「Z世代」と呼ばれる世代の台頭により生まれている価値観がそうです。

Z世代は、物心がついた時からSNSが手元にあり
ネットが「現実の拡張社会」という感覚が特に強いですね。
(現実とネットの境界が溶けているようなイメージがあります)

同時多発的に、常に繋がり、発信しながら受信している。
コンテンツの消費者であり同時に生産者。

そんな彼らを中心に新しい価値観では
SNSにある「ミュート」という機能を上手に使いこなし、自らの視界に汚い言葉や暴力的な情報を入れないようにします。

「この人の発信は一定期間見たくない」
「このワードが入っている発信は、一定期間見たくない」
「汚い言葉は見たくない」

暴力的な人とは近くに居たくないし、
過去にひどいイジメをしていた人が、オリンピックの作曲担当などあってはならぬことです。

その人が
・どれだけ優れているのか?
・どれだけ才能があるのか?
・どれだけ実績があるのか?

よりも、
「どれだけクリーンな人であるか?」 がまず一義的に重要なのです。

「元ヤンであったこと」なんかも、
昔は、どこか共感をもらえたりしていたが


今、後輩に
「俺さ〜昔ヤンキーだったんだよね」なんて言おうものなら
「そうなんですね〜」と言われながらそっと心の中で存在をミュートされるのがオチでしょう。

このクリーンさの重要性は、「今」クリーンであることは当たり前。
SNSというネットタトゥーの「過去」もクリーンである必要があります。
 ※一瞬で過去まで遡られ、今の価値観で裁かれます。

「あの時は時代的に当たり前だよ?」とか
「身内のノリだからw」とか 通用せず
 掘り返されて叩かれます。

「本音は汚い」のではなく、
「本音こそクリーン」であるし
「汚いものこそがリアルなのならば、そんなリアルはいらない。ネットで過ごす」わけです。

この新しい価値観に順応できない”オジサン”から
炎上し、叩かれ、世代交代となっていくでしょう。

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40年前には「毎日シャンプーする価値観」が信じられずに
CMまで流していた。


「パパは、どうして攻撃的なことを匿名アカウントで発信なんてしてたの?どうせ身バレするのに」
「言いたいことも言えない世の中はポイズン?? わかんない」

岡田斗司夫さんやオリラジあっちゃんのYoutubeを見ながら
そして仕事で高校生や大学生と接しながら感じていたことを
言語化してみました。

うまくまとまった自信はないけど、
本当に新しい価値観が目の前まで来ています。

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