2022/03/31
明日になると、20年目。
過ぎてみるとあっという間だ。
最初は、一流のファームで、自分も今日から一流に。
一流の先輩、仲間に恵まれて、一流の教育を受けた。自分の基礎は間違いなくここで作られた。
次は更に一流を目指した。
超一流の会社、超一流の同期同月(入社メンバー)。
でも「一流って何?」って。
一流も色々だということを知って悩む。今思うと、あの時の僕は井の中の蛙だった。自分が経験してきた世界の価値観が全てだと思っていた。
その次は柵を捨てて、自分がやりたいことを希求。
上流のテーマにシフトするために、いろんなことに挑戦。もちろんうまくいくこと、いかないことがあった。何より色んなところから集まってきた人、それぞれの「ふつう」に出会い、たくさんの「ふつうはこうだろ!」に出会った。
困惑も確かだが、自分の経験、人それぞれの「ふつう」、出会ったすべてのことに迷い、咀嚼しながら、自分のスタイルを模索した。
迷走する中で救いだったのは、周りの人に恵まれたこと。よく似たキャリアを積んできた先輩はロールモデルに。人不足の中、僕の使い方を見出してくれた上司には頼ったり、反抗したり。上司はいい形で論破してくれて、僕の視野を拡張してくれた。他の人達も夫々の相互作用の中で気づきや学びを与えてくれた。
今の場所には、自分がいちばん得意なことを安心してやりたくて移った。ブランドも申し分ない。
どこよりも暖かい歓迎会。舞浜での合宿。クライアント先で仕事に打ち込んだこと。コロナ禍での大きな変化。いつものクセのあるお客さんたち。
「いい人が多いよね」
同じタイミングで転職した同僚との象徴的な会話だ。
自分の内なる取り組みとして、経験してきたことの整理と、試行錯誤と復習を通じたノウハウの血肉化も取り組んだ。人がやってたことで「いいな」と思ったことを少し時間をおいて、自分の手で再現して、一つ一つ自分のものにしてきたと思う。
ただ、コロナ禍で人との関わりが少なくなったから、その部分は不満が残るけど。
DECADEも3周目。
これから先。次の10年を「どうしたいかな」と、自問自答する。
正直、ブランドや肩書へのこだわりは払拭できてない。でも、そういうの抜きにして「どこにいても自分は自分」という気持ちもある。
若い頃は「指導を仰いで」だったけど、今は「指導する」ことが求められていて、そんな動きをすることも多い。それが自然になってると言ってもいい。
若い人に学ぶことも多いし、若い人との「違い」から発見したり、問題意識を感じたり、もちろん素朴に感心することもあって。素朴に刺激を感じる。
遠く及ばないけど、現役に拘り続け、努力を惜しまない三浦知良選手のような気持ちになる。
慢心しない、初心を忘れない、自分自身の成長に拘りたい、周りの期待に応えたい(若いメンバー、もちろんお客さんも。できればステークホルダーにも)。
*
院生の頃の話。
大御所と呼ばれる先生たちにお会いすることがあった。
ものすごく緊張して、神様のような存在と思ってた。
でも、どの先生も謙虚で前向きで、何より悩んでいる姿を見せて下さっていた。何度となく聞いた言葉。
「よくわかんねえんだよなぁ」
学者が言う「わかんない」は思考停止の言葉ではないと思っている。考え中でまだ考える余地があって、旅の途中なのだと思う。
つまり、大御所なんだけど、現役なのだ。
今振り返ると「わからない」は格好いい。すべては「わからない」から始まってるから。
*
自分の世界に置き換えると、僕は大御所ではないし、たぶん大御所にはなれない。
でも、「わからへんなぁ」を何とかして形にして、「こんなんとちゃう?」と仮説を立てて、検証して、壁と向き合うことはできるようになったと思う。もちろんその結果うまくいくこともいかないこともあるのだけど。
だから。
これは自分への言い聞かせもあるのだけど。
初心を忘れず、慢心せず、向上心を忘れなければ、まだ頑張れるかなって思う。
ダメになったら、誰かが引導を渡すでしょ、きっとね。
今、自分にできることをしっかり。
今、自分にできないことを強化して。
それから。
古いことと新しいことを紡いで。
自分みがきを。
それから、
必要とする人に伝えることも忘れずに。
「教える」なんて大上段ではなくて、思いを言葉にして。
他の人の目を通じて、ヌケモレが明らかになって、きっと一人でやるより、より良くできる。そしたら、その先にいる次の誰かにもっと良いものを届けられるから。もちろん更に先にいる誰かにも。
そう思って、そうやって、何より楽しみながら進んでいこう。
きっとうまくできるはず。