2022/03/20

まだ、ラジオをちゃんと聞いていないのだけど、大阪の放送局にいるアナウンサーさんが異動でアナウンス職を離れるらしい。

「人にはいろいろな生き方がある」

そう言ってしまうと簡単なのだけど、アナウンサーさんというお仕事を考えると、おそらく「絶対にこの仕事に就く」と思って、人生のある期間を打ち込んで来られているのだと思うし、それは比較的人生の早い段階、15歳やあるいはそれより前からなのかもしれないと思う。

上記はいずれも勝手な想像だし、ご本人からしてみると「そんなことはない」と笑い飛ばされるのかもしれないけど、でも、お仕事への拘りや想いは、市中の方よりも強いのではないかと思う。そう思うのは、自分もまた「この仕事に就く」という思いのもとに、就職し、転社しながら、生き抜いてきたからかもしれない。

アナウンスの巧拙などわからないが、でも一週間の中の「いつもの時間」に当たり前に聞こえてきた声が、永遠に聞こえなくなるかもしれないというのは、悲しいと思う。

それなりに長く生きてきて、テレビやラジオから聞こえる声の向こうに、その人の人生や、価値観(それは時としてその人の善し悪しを想像させることもあるのだが)を感じることがある。「テレビやラジオに出る人はいつも完全な人」なんて思いも最早なく、世の中の多くの人と同じく、迷いや悩みを抱き、あるいは自信だけでなく、虚勢や過信を訴える人の声として受け止められるようになった。かのアナウンサー氏もまた、とんがったり、へこんだり、まるまったり、いろんな姿を見せて下さっていたと思う。

アナウンサーが会社員であり、希望の有無にかかわらず、人事異動があり、その節目の向こうにその方の新しい人生があるというのはわかっている。でも、他人であり、会うこともないのに、いつも傍らにいた人がいなくなることを寂しく思う。ご本人の気持ちもいかばかりだろうか。その仔細はわからないが、どうかこの先の新しい人生に幸多からんことを祈念したいと思う。

ラジオを通じて聞こえてきた貴方の声は、いつだって自然で、殊更に特別ではなかったけれども、僕の日々の暮らしに彩を添えてくれていました。いつまでも消えることがない、当たり前の景色と思っていたのだけど、それだけに今寂しさが募ります。でも、本当に寂しいのは貴方だと思います。軽々に言えることではありませんが、寂しさを前に進む力に変えて、貴方の未来が新しい輝きに満ち溢れていることを心より祈念しています。