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なんで芝居なのか

これまでと転機について語ったので、あと演劇についても語ります。

なんで好きなのか!

私は小さいころからおとなしいいい子で、人の話は最後まで聞くわ、我儘言わないわで超いい子だったんですよ。でも先生とかって、ちょいワルな子とか声の大きい子の方にかまったりするじゃないですか。自分はちゃんとしているのにどうしてあの子ほどかまってもらえないんだろうってずっと思ってました。あなたはすごいわね、ちゃんとしてるわね、で先生の注目は終わるんですよね。かまってほしかったわけではないのだが、どうして誰よりもちゃんとしているのに見てもらえないのかという気持ちがすごくありました。
当時、クラスの人気者男子とかが大きい声でボケかましたりしてるの聞いて、心の中で「それって〇〇やん」と突っ込んだり、「〇〇の方が面白いのに」って考えたりしてた。たまに親戚から「あっこちゃんはひょうきんなところがあるわねー」なんて言われるとすごーく嬉しかった。
ひょうきん!
わたし、ひょうきんなんだ!(by小4の私)
で、小5くらいのとき、ついにターニングポイントっぽいことがありました。クラスの男子がまたなにやら言ったんですよ!そいで私もすかさず心の中で「それは〇〇やん!」とつっこんだですよ。そしたら、同じくクラスの人気者男子が「それって〇〇やん」て!私が心のなかで呟いた突っ込みと同じことをのたまったのですよ!あっこさんはぎゅーーーーーーんとしました。わしの笑いは、もしかしたら通用するかもしれんと。

そっから笑いを鍛錬したとかいうことはなかったのですが、とにかく笑いにこだわり始めたのがこのときだったのだかな・・・クラスのみんなめちゃイケとか見ていて、笑いの方向性についていくために一生懸命みたりしてました。それなりに面白いが・・・?ド直球は笑う犬の生活でした。おもしろーーー!わからない部分も大人っぽくていいじゃない!おしゃれじゃない!マネしたくなるじゃない!それで小6の卒業間近、クラスの数人の男子と「昨日の笑う犬見た?」なんてトークするのが本当に楽しかったです。

小学校を卒業するまでには、心の中での「こうしたほうが面白い」経験と、なんか笑いが気になるという気持ち、それから、当時筋金入りの手塚治虫マニアだった私が出あってしまった赤塚サイドのギャグマンガなどが偶然出会い、一人っ子だからみんなでなにか作り上げる経験をという母のアドバイスで何の気なしに入った演劇部で、アウトプット欲が爆発しました。

稽古場では役を付けるまえに、「誰かやりたいひとー」で挙手してシーンを練習できるのですが、そこに小ネタをぶち込んで笑いをとるのがもう面白くて面白くてたまりませんでした。もっとこうしたらいいやん、の心のネタ帳が何冊もたまっていましたからね・・・しかもおとなしい性格でも、稽古場に入ればみんなみてくれるわけですから。やりたい放題ですから!
シリアスな芝居も(というかそっちの方が)多かったけど、ここでこうしたらもっといいんじゃないのーというのが、人の芝居をみていると湯水のように湧いてくるタイプでした・・・大半は思い付きでその場限りだったと思うのですが、考えを人前に出す壁打ちを5年間続けてひとつ殻を破った。中高一貫の女子校だったので、男役とかもやる感じが、ファンタジーというか、生々しさがなく、バレンタインデーにチョコレートもらったりして充実した生活でした。もう部活のことしか覚えてない。

それって何の力なのかな?発想力?滑ることを気にしない心の強さなのか。人前に自分の考えを提示することに飢えていたのか。あと心動く経験にも飢えていた。

私、小学生のときから、「お友達を大切にしましょう」みたいなことが、うまくできているけど本心からそう思っていないのではないか、とか、だれからも優しいと言われるかどそれは誰にも興味がないからなのではないかとか。そういうことを考えてた。なんでかな。友達もいる普通の子だったけど。実体験より知識やべき論が勝ってしまっている感じがあった。あと本当に面白いものに飢えてた。平積みの文庫の小説を手に取ってなにか自分に衝撃を与えてくれるような作品を渇望していたのだけど、いまいちピンとこないし、当時はやっていた浜崎あゆみやらミスチルにも乗れなかったし・・・世間知らずゆえの鈍感だったと思うんだけど。そのかわり、ラジオから流れてきた気になる曲は必死になってDIGりました。10のうち1あるかないかのわくわくするものを絶対に逃したくない!好奇心強いのではなく、幼稚だから?世間知らずだから?純粋培養だから?なかなか心に刺さるものがなくて、合った時は必死に大切にするというかんじ。

だからこの自分がわくわくする部活の稽古場は本当に大切な場所でした。大学。社会人とまた芝居の傾向は変わるのですが、間違いなく中高の部活が原体験なのです。心が動く、自由が許される!そのネタやられた―!くやしー!もあるしね。この時の芝居はまだ芝居じゃなくて、ただ自分を出しているだけだったと思うけど自分の自信につながった。この時は新感線のおポンチ路線の録画を何回もみた。当時劇場中継というNHKの番組で舞台いっぱいやってた。息苦し~絶望的な「人形の家」とか、舞踏入りの「真夏の世の夢」とかもみた。超かっこよかった!なんでやらなくなっちゃったのかなあ。

だから、私にとって演劇は、自分を肯定してもらって受け入れてもらって、見守ってもらえる場所。おもしろを見てもらえる素晴らしい場所なのさ。自分の考えがおもしろいかどうか、すぐにレスポンスが帰ってくるってすごくないですか。しかも面白かった場合、それはその人がおもしろいということになって。得も言われぬ気分ですよ。

だ・か・ら、もし自分がなにか一つ人のためにできることがあるなら。稽古場って最高ですよ、ということなら伝えられるかもしれない。正解も不正解もないし、心は動くし、みんなが温かいし、うまくいったときは自分そのものが承認された気持ちになり、自信はつくし、仲間との絆は固まるし。みんな稽古場に行った方がいいよ。近所になかったら、私が最高の稽古場を用意するからおいでよ!

みたいな感じ!

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