ぼくと彼の夏休み(15)

 だらだらとおしゃべりをしていたら、いつの間にか眠ってしまった。深夜にふと目が覚めて、祐人が隣で寝ているのを確認する。
 次に目を開けたのは早朝で、祐人がぼくの顔をのぞき込んでいた。
「おはよう。俺は仕事に行くよ。」
 ぼくはねむい目をこすりながら返事をした。
「行ってらっしゃい……」
 そうか、今日は月曜日なんだ。祐人は働いているから、夏休みがない。昨夜は「夏休みが永遠に続けばいい」なんて、無神経なことを言ってしまったかな。
 そんなぼくの後悔もよそに、デニムの作業服を着た祐人は元気溌剌で部屋を出て行った。自分の部屋で着替えてから、わざわざ挨拶をしに来てくれたんだ。
 ジロさんからは、仕事に出てくるのは朝食後でいいと言われているそうなのだけど、ジロさん本人がいつも朝食前から作業しているので、結局祐人もそれにならっている。だけど祐人は、満更でもないらしい。朝露の光り輝く庭がどんなに美しいか、いつもうれしそうに話してくれる。
 着替えて食堂に下りると、おじいちゃんが朝ごはんを食べていた。またしてもコラムの執筆を引き受けたらしく、今回は「アール・ヌーヴォー」に関する本が彼の脇に積まれていた。
「フミ、おはよう。」
読んでいた本からちらりと視線を外して、おじいちゃんが挨拶をくれる。ぼくはちょっとあわてて、「おはようございます」と丁寧に挨拶を返した。集中している時、おじいちゃんは挨拶すら忘れてしまう人なのだ。食堂に入った瞬間に挨拶をされたということは、コラムの締め切りまでまだ余裕があるということだ。
 席に着くと、トウコさんがミルクを運んで来てくれた。今朝のメニューはサンドイッチだ。具はたまご、レタス&ハム、トマト&きゅうり、ポテトサラダ。それに、カボチャの冷製ポタージュスープまである。
「召しあがれ。」
 トウコさんがそう言うと、ぼくはいちばんすきなたまごのサンドイッチから頬ばった。
 それを見届けたおじいちゃんが、ふいに話しかけてくる。
「今年はあまり本の話をしないな。」
ぼくは、おじいちゃんに見透かされているような気がして、すこしぎくっとした。
「今年はあまり本を読めてないんだ……」
「ユージンが居るからだろう?」
 やっぱりおじいちゃんには敵わないや。全部、お見通しだ。
「読書もいいけど、友人と縁をつなぐのも大切なことだよ。本を読む気分じゃない時は、思う存分遊べばいいさ。誰かと過ごす時間は、無駄にならないから。」
 おじいちゃんにそう言われて、何だか肩の荷が下りた。読書が進まないことで罪悪感を持つのは止めにしよう。
「はい、そうします!」
 思いのほか意気揚々と応えてしまって、おじいちゃんとトウコさんにふふふと笑われた。ぼくも何だかおかしくなって、はははと笑った。

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