ぼくと彼の夏休み(18)

 ぎしぎしと、階段を上がってくる足音が聞こえる。そして、ドアがノックされる。返事も待たずにぎぃとドアが開く。黒い影が、ベッドに横たわっているぼくに近づく。サイドボードの上に何かがそっと置かれて、ぼくの額に手が触れる。
「熱があるよ……大丈夫?……誰か呼んでくる。」
-------あ、待って。
 ぼくはとっさに、去ろうとする影を掴んだ。バランスを崩した影は、ぼくの身体に覆い被さる。体温があたたかい。
 ぼくは何が何だか解らずに、その影にしがみついた。鼓動が聴こえる。すごく近いところから。
 ぼくはまた安心して、眠りについた。

 目覚めると、部屋はすっかり暗くなっていた。時計を見るともう、夜の12時を回っている。
 祐人は仕事着のまま、ベッドの横にある藤の椅子に座って眠っていた。デニムの作業着の胸元が開いている。
 サイドボードには庭に持ち出したはずの詩集と、体温計や薬瓶や剥かれた林檎がボールに入って置かれてあった。水の張った洗面器も。
 回らない頭でしばらく考えて、ぼくは熱中症になったのだとようやく思い当たる。まだ、頭痛がする。熱も、引いてはいないみたい。ぬるくなった濡れタオルが、枕のすぐそばに転がっていた。
 そうこうしていたら、祐人が起きた。
「……フミ、大丈夫か?」
 祐人は目を瞬かせながら、椅子から立ち上がる。
「看病してくれてたの?……仕事で疲れてるのにごめん」
 祐人はぼくの額に手を当てる。
「まだ、熱はあるな。お腹は減ってないか?」
「食欲は……ないかな。」
 祐人は心底ほっとしたような顔をして、言った。
「外で長時間過ごすなら、帽子くらいかぶらなくちゃ。」
 ぼくはううーんと、肯定か否定か分からないような返事をした。
「とにかく良かった。あんまり長く目を醒まさないので、大丈夫かと心配したんだ。」
 祐人がタオルをしぼりながら言う。
「何だか、奇妙な夢をいくつも立て続けにみてたんだ。」
 祐人がタオルをぼくの額に置きながら、やさしそうな眼で見ている。祐人がこういう表情をするの、みんな知らないんじゃないかなと何となく思った。
「とにかく、しっかり休んで早く起きられるようにならなくちゃ。」
 祐人のほっとついた吐息がすぐそばで聞こえる。ぼくはこれ以上ないほど安心して、また目を閉じた。

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