「ぼくと彼の夏休み(10)」
朝。窓から入りこんでくる風が、レースの白いカーテンを揺らしている。その気配で目が覚めた。隣には祐人が、昨日のパーティーで着ていた服もそのままに眠っている。それがあんまり苦しそうで、ネクタイだけでもほどいてやろうと手を伸ばしたタイミングで、祐人も目を覚ました。
「おはよう……」
お酒を飲んだわけでもないのに、ひどく疲れている。これは明らかに、踊り疲れだろう。普段使わない箇所の筋肉が、ずんやりと張っている。
祐人はぼくの枕に顔を埋めると、タオルケットを再びかぶり直した。これはまだしばらく起きそうにないぞと確信したので、ぼくは先にバスルームへ行く。
晩餐会の次の日は、正午を過ぎるまで誰も起きない。下手すると、1日中寝ていることすらある。働き者のトウコさんですら、そんな感じだ。なんて自由な大人たちだろう。
ここに来るようになってから、大人のイメージがだいぶ変わった。東京の自宅では、両親(父親はめったに帰って来ないけど)やお手伝いさん、学校の先生や塾の先生としか接する機会がない。ここに居る大人は、その誰とも違っている。ぼくを子どもだという理由で、見くびったりしない。ぼく個人を見てくれる。ぼくにはそれがとても心地よい。
シャワーをさっと浴びて、部屋に戻る。祐人は相変わらず寝ている。今度こそと、ネクタイをほどきシャツの襟元を開ける。一瞬起きそうになったものの、祐人はそのまままた寝た。
ぼくはこの時とばかり、祐人の顔をじっと見る。真っ直ぐに伸びた眉や長いまつ毛、整った鼻筋のラインを追った。薄い唇、細いあご、きれいな首筋、鎖骨、ゆるやかに隆起した胸の筋肉。こんなにも美しい人が、この世にいるのかと思う。
触りたい衝動が一瞬脳裏をかすめたけど、それをする勇気がぼくにはなかった。朝の光に包まれて眠る彼を、ただそばでじっと見つめている。
机の上にほうり出していた詩作の手帖を広げる。まっさらなページに、新しい言葉を書きつける。
− 名前のない気持ちに戸惑う朝
− 彼の神秘はまだ解き明かせない
それだけ書いたら、ちょっと落ち着いた。詩になる前の、断片。
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