「ぼくと彼の夏休み(7)」

 雨戸の隙間から、まばゆい光が入ってくる。それがぼくの顔を直接照らしたものだから、すっかり目が覚めてしまった。昨日までの雨風が嘘のような、台風一過の晴天である。
 昨日、隣で寝ていたはずの祐人は、ぼくが昼寝から起きた時にはもう居なくなっていた。いや、そもそも彼は、ぼくのベッドに居たのだろうか?ぼくが寝ぼけていただけではなかったか?
 夕飯はいつも通りみんなで食べたけど、さすがにその真相は聞けなかった。
 数日閉めきっていた雨戸をいよいよ開ける。さわやかな風が部屋に吹きこんでくる。屋敷の前庭では、祐人とジロさんが作業をしている。昨日の台風にすっかり荒らされたみたい。
 日射しがあんまり強いので、もう昼過ぎなのかと思って時計を見たら、まだ朝の6時半だった。
 シャワーを浴びて、身支度を整える。食堂に下りたら、トウコさんが朝食の準備をしていた。
「おじいさんは昨夜徹夜だったみたいなの。部屋の前に起こさないでってメッセージがあったから、よろしくね。」
トウコさんはそう言うと、朝食はもうすこし待ってねと重ねて言って、調理台に戻って行った。
 ぼくは手持ちぶさたになって、書斎に行った。調べものをしていたおじいちゃんの本が、そのまま机の上に広げられている。それを、おじいちゃん以外の人間が触れることは許されない。書斎に入る人間の、暗黙のルールである。
 書斎は屋敷の北側に面していて、日の光があまり入らない。本を傷ませないためにはその方がいいのだと、前におじいちゃんが教えてくれた。天井まで続く巨大な本棚が、静かに自分の役割を果たしている。
 ぼくは、そこいらにある本を手当たり次第に取り出しては、拾い読みをする。これもまた、おじいちゃんから教わったゲームだ。琴線に触れる文章がそのページに書いてあったら、その本を最初から読んでみる。それをくり返していると、自分が読みたい本を見つけやすくなる。

− なにがしあはせかわからないです。ほんたうにどんなつらいことでもそれがただしいみちを進む中のできごとなら峠の上りも下りもみんなほんたうの幸福に近づく一あしづつですから。

 宮澤賢治の「銀河鉄道の夜」は、そうやって見つけた1冊だ。ぼくの疑心暗鬼も、いつかは幸福に上書きされたらいい。

 朝食を食べ終える頃、ぼくは今日1日をひとりきりで過ごすことに決めた。トウコさんのスコーンをハンカチに包んで、ポケットに忍ばせる。
 ぼくが食堂を出るのと入れ違いに、祐人とジロさんが朝食を食べに入って来た。「おはようございます」と元気に挨拶をすると、すり抜けるように玄関を出る。
 予定は未定。どっちに行くかも決めてない。ただ、この母屋から遠く離れたかった。

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