ぼくと彼の夏休み(14)

 夕食が終わって、ぼくと祐人は部屋に戻った。一旦はそれぞれの部屋に戻ったものの、間もなく祐人がパジャマ姿でぼくの部屋にやって来た。
「フミ、何してる?」
 ぼくは机で、詩作の手帖を開いたままぼんやりしていた。何か新しいフレーズが出て来そうで、出て来ない。そんな時間が30分くらい続いていた。
「ぼんやりしてた……」
 ぼくは手帖を閉じながら祐人に言った。祐人は早速、ぼくのベッドにダイブする。
「今夜もここで寝ていい?」
 祐人はそう言うと、もうすでに潜り込んでいる。
「いいよ。」
 ぼくは、社交的な人間ではない。普段の学校生活でも、心を割って話せるような友人は1人も居ない。それ以前に、塾だなんだと日々のタスクをこなすだけで精一杯なんだ。友人との距離なんか、縮まるはずもない。わずかな隙間の時間、わざわざ誰かと会って話しをするぐらいなら、大好きな読書に費やす方がよっぽど合理的だ。そんな風に考えて暮らしていたけど、祐人と出会ってからはそう思えなくなった。夏休みが終わると、祐人には当分会えないのだ。夏休みはまだ始まったばかりだというのに、それをもう、考えてしまう。
 机のスタンドを消したら、祐人が寝ているベッドにぼくもダイブする。昼間過ごしたふたりの時間を思い出しながら、徒然におしゃべりをする。
「今年はとても楽しい。」
ぼくがそう言うと、祐人が首を傾げる。
「フミはここに来たくて来てるんだろう?」
不思議そうな顔で言う。ぼくは一瞬あっと思ったけど、取り繕うのを止めたんだとすぐに思い直した。
「これまでは、何だかんだと本を読むばかりだったから……。今年はユージンが居るから、楽しいんだよ。」
 祐人がにっと笑う。
「俺も!」
 こんな笑顔を、他の誰かから向けられたことなかったよなと思う。
「この夏休みが、永遠に続けばいいのになあ……。」
 ぼくがそう言うと、祐人も大きくうなずいた。ぼくはその横顔を、すぐそばで眺めている。
 親友って、こういう感じなのかな?本の中でしか知らない、親密な友情。いつもつるんで、いつもすぐそばに居て、いつも笑い合う。これまでは、そんな関係性なんか煩わしいと思ってた。だけど、現実にそれと直面したら、あれだけ大好きだった本を読むことも、詩を作ることも、すっかりそっちのけになってしまった。この大きな変化に戸惑っているのは、他の誰でもないこのぼくなのだ。
 一方で、祐人はどうだろう?これまで、そんな風に思える友だちは居たのだろうか?
「ユージンは、前に学校で居た時はどんなふうだった?」
「うーん、どんなだったかな?実は、あんまり覚えてない。先輩にいじめられて辛かった思い出しかないや。」
 彼からいじめられたという話を聞くたびに、こんなにたくましい男の子がいじめられるなんてと、すこし不思議に思ってしまう。
「俺はたぶん、無愛想だったと思う。でも、先輩から殴られるようなことなんて何ひとつしなかったのにな。」
 祐人はすこし寂しそうに笑った。
「でもまあ、今と違って身体もひ弱だったから、目を付けられたんだろうな。」
 庭師がどれくらい過酷な肉体労働なのか、彼のたくましい身体はそれをよく物語っている。ぼくもここにいる間は、もうすこし変われるのかもしれない。

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