「ぼくと彼の夏休み(12)」

 正午を過ぎて食堂に下りたら、トウコさんがおにぎりを作っていた。「食べなさい」とふたり分を渡されたので、それをお弁当箱に詰める。
「祐人と遊んで来ます。」
 トウコさんはニコニコ笑いながら、塩まみれの手を振った。「いってらっしゃーい。」
 ぼくの手を取り祐人が先導する。
「この間の台風で倒れて、手当てしてる薔薇だけちょっと経過観察しておきたいんだ。」
 薔薇園の入り口にある石積みのアーチをくぐる。それに巻きついた黄色い蔓薔薇が、満開になっている。
「薔薇って面白いよ、種類がものすごくたくさんあってさ。昔の権力者は、自分だけのオリジナル品種を庭師に作らせてたんだ。今では3000種くらいあるんだって。」
「へぇー」
 祐人は、真っ白な薔薇が咲き誇る一角にぼくを連れて来た。何本かの茎には添え木がしてあって、祐人はその個体を確認する。
「大丈夫そうだ。」
 その群からは、とても強い香りがする。何だか酔ってしまいそうなくらい。
「亡くなったばあちゃんが、特に好きだった薔薇なんだって。じいちゃんがそう言ってた。」
 祐人にとって、近しい親族と言えばもうジロさんだけなんだな。彼の両親がもうこの世に居ないことを、何となくうらめしく思った。
「俺もいつか、オリジナルの薔薇を自分の手で作りたいんだ。」
 祐人は大したことでもないようにさらっとそう言うと、薔薇を一輪、ぼくに手折ってくれた。同い歳であるはずの祐人が、ちょっと大人びて見えた。
 それからの午後は、ずっと泳いでた。遺跡の庭の水路で、ふたりとも素っ裸になって。たまには日光浴をしたり、昼寝をしたり、庭の探検をしてみたり。「ここはまるで楽園みたいだ。」ふたりだけの世界に、夏の光が降り注いでいる。

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