「ぼくと彼の夏休み(2)」

 昨夜はなかなか寝つけなかったので、朝起きるのがすっかり遅くなってしまった。パジャマ姿のまま食堂に行くと、トウコさんが朝食の準備をしてくれる。サラダとトーストと目玉焼きとウィンナーとミルクと。シンプルだけど、トウコさんの作る食事はいつも美味しい。
 祐人のことが気になって、トウコさんに訊ねてみる。
「祐人はどんな子?」
「うーん、掴みどころのない子だわね。あまり生い立ちとかも話さないし。でも、ジロさんに似て優しい子よ。」
 ぼくはもっと訊きたくなるのを我慢して、トーストを平らげた。
「あ、でも。両親とも亡くなったとジロさんから聞いてるわ。交通事故だったみたい。かわいそうね。」
 彼の笑顔を思い出したら、気持ちが重くなった。この歳で働くことを決めたのだから、何かしらの決意があったに違いない。しかし、彼から直接聞いたわけではないから、何とも言えない。
 トウコさんの朝食をすべて平らげて、部屋に戻ったらまず着替えをすませた。庭に出てみようかと考えて、家から持って来た本を適当に携えた。
 太陽はもうすでに高いところにある。屋敷の前の道を、森の方に向かう。その一角に、ジロさんの住む離れ屋がある。ロッジ風の家は、住み込みで働くジロさんのためにおじいちゃんが用意したらしい。かつては奥さんも一緒に暮らしていたのだけど、10年ほど前に亡くなったそうだ。食事を一緒に摂るようになったのは、それかららしい。
 祐人はここで一緒に暮らしているのだろう。ジロさんの家の前を、ぼくはなるべくさり気なく通り過ぎた。そこを過ぎたら、小川のほとりに出る。石造りの縁に座って、小川の水に素足を浸しながら本を読むのがぼくの日課なのだ。

 小川の直前までやって来た時、植え込みの影から祐人がふいに現れた。ぼくは咄嗟に身構えた。
「やあ、ユージンくん!」
 いやいや、声を張り上げ過ぎだろう……。自分で自分に突っ込む。しかし、彼は何も言わない。にこっとだけ笑って、通り過ぎて行った。
 何だか、バカみたいだ……。
 小川に着いて、手に携えた本を読もうと開いて、それが国語の教科書だったことに気づく。やっぱり、ぼくはバカだ。

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