ぼくと彼の夏休み(16)

 祐人と過ごせないだけで、こんなにも手持ちぶさただとは。1週間前のぼくには想像もつかなかったろう。本に依存していたぼくが、今や友人に依存しているなんて。ぼくの世界の何もかもが、すっかりひっくり返ってしまった。
 のんびりひとりで朝食を食べていると、早朝の仕事を終えた祐人とジロさんも朝食を食べにやって来た。祐人とすこしでも長く過ごすために、ぼくはますますゆっくり朝食を食べた。そんなぼくのことを知ってか知らずか、トウコさんが無邪気にデザートを用意してくれる。林檎をひとつ剥いて、ぼくと祐人に分けてくれた。ぼくはそれを食べながら、この時間がずっと続けばいいのにと心のどこかで思っていた。
 しかし、容赦ないジロさんの号令で、祐人は仕事に戻っていった。
「せっかく仲良くなったのにユーちゃん仕事で、フミくんつまんないわね。」
 ひとり取り残されたぼくに、トウコさんがずばりと言う。言葉にされると「やはりそうなのか」と納得して、それが確信に変わる。人の心とは妙なものだ。
「そう言えば、トウコさんはひとりで寂しいと思ったことないの?」
 トウコさんはひとりでも満たされている人だと知っているから改めて聞いたことはなかったけど、ちょっと気になった。
「うーん、ご縁がなかったのかしら?お料理が楽し過ぎて、世の殿方に興味を持てなかったのね。」
 そう言いながらも、トウコさんはにこやかに笑っている。
「というか、わたしが大すきなお料理を作ったら、美味しいって食べてくれる人がたくさん居るから、ずっと両想いなのかもしれないわ!」
うん……全然参考にならない。やはり、というか。
 最初ここに来るようになった頃、トウコさんはおじいちゃんのことがすきなんだと思っていた。しかし、1週間も経たないうちにそうじゃないって判った。彼女は、料理と結婚したのかもしれない。それくらい、料理をしている時のトウコさんは幸せそうなのだ。
 ぼくにとっての本や詩作は、そこまでじゃない。むしろいつも、修行みたいな負荷がある。
 トウコさんに「ごちそうさま」を言って、食堂を後にする。「今日もたまごのサンドイッチが絶品でした」という感想を付け加えると、トウコさんはとても幸せそうに笑った。

 リビングの窓から、前庭を眺める。今日は遠くの庭まで出かけるのか、道具を積み込んだトラックが停まっていた。ますますぼくは、手持ちぶさたになる。たまたま遭遇したフリをして、仕事中の祐人に会うのはさすがに難しいだろう。
 ぼくはすんなり、自室に戻った。

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