「ぼくと彼の夏休み(4)」

 昨夜、話し疲れてぐっすり眠ったからか、今朝は早い時間にすっきりと目が覚めた。同じ屋敷に祐人が暮らしているとなると、おちおちパジャマでは出歩けない。すぐに着替えて部屋を出る。
 そしたら、同じタイミングで祐人も顔をのぞかせた。何と、彼の部屋はすぐ隣ではないか。来てこの方、隣の部屋からは物音ひとつしなかった。或いは、ぼくが鈍感なだけなんだろうか?
 どちらからともなく「おはよう」を言う。ふたりとも、昨夜の出来事を思い出しながら笑っている。食堂へ向かう道程もまた、楽しい。
「あら、今日はめずらしい。フミくんは早起きだし、ユーちゃんとふたり揃って下りて来るなんてね。早速、朝食にしましょうか。」
トウコさんは、ぼくらを見つけるなりにこにこ笑ってそう言った。

 今日は日曜日で、祐人も仕事はお休みらしい。朝食を食べながら話していたら、祐人お薦めの隠れ家があるという。今から、そこに連れて行ってくれるそうだ。
「あらあら、それならお弁当を用意しましょうね。」
トウコさんはサンドイッチや紅茶をささっと用意すると、藤のバスケットに入れて持たせてくれた。

 屋敷の前の道を、ジロさんのロッジや小川とは反対の方角に進む。薔薇園を突き抜けて、森の中をしばらく進むと水の澄んだ湖が現れる。船着場にはボートが係留してあって、祐人はそれに乗ろうと促す。湖の底まで見通せる透明な水の上を、祐人のオール捌きで進む。対岸に現われたのは、遺跡のような建造物。石が積まれて、階段があちらこちらにのびている。毎年、この屋敷には訪れているけど、こんな森の奥深くにこんな庭があるとはまったく知らなかった。
「俺のじいちゃんがもう20年くらい前に作った庭らしい。」
 ぼくと祐人はボートから下りて、遺跡の庭を探索する。大部分が蔓性の植物に覆われ、遠くからだと何なのかよく判らない。階段を上り、てっぺんを越えて、反対側の階段を下りたところには、湖に流れ込む水路のような川があった。やはり、底の水草まで見え、水の流れに揺らめく様まではっきりと見てとれる。
「きれい……」
 ぼくらはその階段に腰を下ろす。水の音が、あちらからもこちらからも響いている。祐人は、その音にしんと耳を澄ませている。ぼくもつられて目を閉じる。次に目を開けたら、祐人はいつの間にか裸になっていた。ぼくは一瞬たじろいだものの、水面に飛び込む祐人の後を追いかけやはりぼくも裸で飛び込んだ。
 冷たい水が、ぼくを透明にする。この瞬間、世界がぼくの体をすり抜けているような気にさえなる。
「ほら、な。」
祐人が得意げに言う。
「うん、」
ぼくはつられてうなずく。

 しばらく泳いだら、トウコさんが用意してくれたサンドイッチをふたりで頬ばった。分厚いベーコンが、柔らかいパンからはみ出ている。
 その後は寝転んで、やっぱり、色んな話をした。ぼくのお父さんは世界を股にかけ活躍する外科医で、めったに家に帰らないこと。誰にも内緒だけどぼくも詩を書いていて、いつかは小説を書いてみたいと思っていること。学校のクラスメイトと話題が噛み合わないこと。
 祐人は、ひとつひとつ頷きながら聞いてくれる。その相槌が心地よくて、ぼくはいつの間にか眠ってしまった。

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