ぼくと彼の夏休み(13)

 夕刻。屋敷に戻ると、さすがにみんな起きていた。昨夜はあれだけ乱痴気騒ぎしてたのに、今夜はみんなすきっとしている。いつもの日常的な夕飯だ。
 ぼくと祐人も席につく。
 昨夜の残り物を中心に出されているのに、盛り付け方やアレンジが違うからか、残り物には見えない。トウコさんはそういう工夫がとにかく上手なのだ。
 この屋敷は人里からかなり離れているので、食材も大切に使わないといけない。庭の一角に菜園や鶏舎はあるものの、それ以外の乳製品や肉・魚類は週に一度の配達でまかなっている。無駄にしないよう有効活用するしかない。
「さあ、食べようか。いただきます。」
 おじいちゃんの号令でみんな一斉に手を合わせる。
「いただきます。」
 誰からともなく会話が始まる。
 ジロさんはたいてい庭の話。仕事としてやっているけど、彼にとってはすでに生きがいみたいなものらしい。だから、休みの日ですら庭のことを考えている。それが幸せなのだという。
 トウコさんはみんなの聞き役に回ることが多い。たまに、お料理について話すけど、あまり言葉で説明するのは好きじゃないみたい。お料理は、食べたら解るというのがトウコさんの持論だ。それでも時々、ぼくらも食べたことのない外国料理の話題で、おじいちゃんと意気投合したりする。それが次の日、食卓に上がることも。
 ぼくは、ここでの過ごし方を話す。読んだ本についても話すけど、おじいちゃんにしか解ってもらえないことが多いので、その話題は自然と減った。そもそも、祐人の居る今年はほとんど本を読めていないのだし。
 おじいちゃんは、みんなから話題を引き出させるのがうまい。それに、どんなジャンルの話題にも何かしらの知識があるから、会話のキャッチボールがスムーズに進む。古今東西の「文化」と名のつくものにはとことん造詣が深い。ぼくもいつか、そんな大人になりたい。
 祐人は、あまり喋らない。それは彼の性格でもあるけど、普段から口数は多くない。最初はまだこの家に馴染んでないだけかと思っていた。しかしじきに、それが彼なのだと思うようになった。それでも、ぼくがここに来てからは、祐人の口数が増えたとみんな口々に言っている。そりゃ、ジロさんも心配するよな。
 今夜は、遺跡の庭の話になった。どうやら、祐人があそこにたびたび足を運んでいることは、今日の今日まで話したことがなかったらしい。
「おお、見つけたか!あの庭を。」
早速ジロさんが反応する。彼によると、この屋敷に来て最初に作った庭があの庭なのだそう。『作った後は人間が世話をしないこと』を前提にデザインしたらしい。彼がやったのは造形物を作ること。そして、手をかけなくても勝手に蔓延る植栽を整えただけなのだそうだ。まさに、取り残された過去の遺物だ。
 ジロさんから引き継いで、おじいちゃんも言う。
「あそこの水はとても澄んでるだろう?山に降った雨が地下に染み込み、長い時間をかけてあの川に湧き出しているんだ。」
「川底で揺れる水草までくっきり見えるよ。」
 ぼくがそう言うと、祐人も後に続いた。
「あの水は、飲んでも美味しいよ。」
 みんなうんうんとうなずく。
「この屋敷の水は裏の井戸水でまかなっているんだが、ほんとはあの水を曳き込むアイデアがあったんだ。残念ながら距離がありすぎてあきらめざるをえなかったけどね。」
 おじいちゃんが、懐かしそうに頷きながら言った。
「今度行く時は、よかったら水筒にその水を汲んで来て。それで紫蘇シロップを割って、飲んでみたいわ。」
 トウコさんは食糧庫に、自家製のシロップや自家製のジャムを大量にストックしている。「わたしが居なくても、半年くらいはそれで生きていけるわ。」と前に言っていたけど、毎日の食事がシロップやジャムなのは嫌だなと思ってしまった。


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