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IMW「狼と子羊たちの夜」を見てきました(ネタバレ有り感想)

はじめに

インディアンムービーウィークで「狼と子羊の夜」(原題:Onaayum Aattukkuttiyum)を見てきました。10年前の映画のようです。


『狼と子羊の夜』★日本初上映

監督:ミシュキン
出演:シュリー、ミシュキン、アーディティヤ・メーノーン
音楽:イライヤラージャー
2013年/タミル語/141分/映倫申請中(暴力描写あり、PG12相当)/
原題:Onaayum Aattukkuttiyum/©Lone Wolf Productions

タミル・ニューウェーブのノワールの極北に震えよ

医学生のチャンドルは、ある夜街路で銃創を負って倒れている男を助け、自宅に運んで手術をする。しかし翌朝男の姿は消えていた。男はウルフという名の殺し屋で、チャンドルは犯罪者を匿ったとして警察の尋問を受け、協力させられる。その後ウルフがチャンドルに接触してきたのを知った警察は、彼に銃を渡し、ウルフを殺すよう命じる。ほぼ全編が夜の街で展開する異色のクライム・スリラー。

https://ttcg.jp/cineka_omori/topics/2023/06041717_22980.html

インディアンムービーウィーク・キネカ大森作品紹介ページより

ミシュキン監督のチャンネル?に上がっている公式トレーラー。
実はミシュキン監督自身が、ウルフ役だというのは事前にググって知っていました。メイキングもつべにありました。

ここからネタバレ有りの感想

ダンスはない歌はない。
ただ劇中曲が静かに流れていく映画。
タミルのノワールサスペンス。

主人公チャンドルは医学生。ある夜、道端に血を流して倒れている人を放っておけなくて、自分のバイクに乗せて病院につれていくが、銃で撃たれた怪我人のため病院は迷惑がって受け入れてくれない。
仕方なく自宅にこっそり連れて帰り、自分の部屋でに寝かせ、師事する教授から電話で手順を教わりながら緊急の摘出出術を行う。
しかし翌朝目覚めると男は姿を消していて、警察からは指名手配犯を匿った上に逃がしたとされ捕まってしまう主人公。しかも手術の際に麻酔代わりに使った薬物の所持違反として、家族も拘束されてしまう。
そこから、罪を問う代わりに警察の手下になることを提案され、犯人との接触の際に打ち殺すように銃の使い方まで習わされる主人公。

やがて接触してきた男・ウルフは、警察の罠と知りつつ、危険をおかして、ある墓地へ(主人公を巻き込んで)向かう、一晩の逃走劇。


キネカ大森のポスターより

警察に凶悪犯だと知らされ、折角助けたのに彼のせいで自分だけでなく家族まで警察の監視下におかれ、主人公は自分を連れまわすウルフの不意を突いて反撃をする。手術したばかりで抜歯も済んでいない彼の腹をけり上げるシーンは、本当に痛そう。
しかしウルフもそうやられてばかりでなく、形勢逆転で主人公を再び縛り上げる。

警察がウルフを追う一方で、彼を殺し屋として使っていた組織も彼を捕まえようと動き出す。組織は警察内部にも通じており、警察の情報から先回りをして、ウルフの居場所を必死にさがす。

この組織の正体自体は、後半のウルフの独白シーン以外は説明がなく、ただ警察を利用して彼らよりも先にウルフを捕まえようとしていることや、そのトップらしき男が車いす無しでは動けない身体であることしか判っていません。
でもこの組織の詳細なんて、この映画の進行には問題ないんですよね。

ウルフは主人公と共に車をうばって逃走し、やがてとある家族と次々と合流していく。
彼らは子連れの女性以外は、大人から子供までほとんどが盲目。
彼らと待ち合わせるようにして、ある墓地へ辿り着く。

そこで目にした墓は、かつてウルフが殺してしまった男の墓で……。

殺し屋が盲目の少女にお話をしてとせがまれて語る内容は、
ある殺し屋と彼に殺されてしまった家族の話だった。

主人公(子羊)、殺し屋ウルフ(狼)なんだけど、話がすすむうちに、彼を追いつめる警察や組織が狼のようで、追われる二人が子羊のようにも思えてきた。
子供に語るという流れで、殺し屋が追われるはめになった経緯が語られるという手法。追ってくる組織は虎に例えられたり。
絵本のような語り口をきくうちに、主人公の中の正義感が揺らいでいく。

最後、ウルフから託された少女をかかえて、警察に銃を渡した主人公が振り返ることなく去っていく背中(少女はかかえられているのでこちらを見ているが盲目なので状況がおそらく判っていない、もしくは察しているが黙っている)で終わるんですが、この時点でも主人公はただの子羊じゃなくて、もう強い意思をもった一人になっているんだなと。

物悲しい音楽と共に迎えるエンドロールでは、
子羊、狼、と登場人物が絵本のようにたとえられてキャスト紹介されるんですが、そこで「木の葉:観客」とあったのが印象的でした。映画を見ている我々は、ただ彼らの物語を見守るだけの木の葉の一枚なんだと。

物語の前半で、犯人をかくまった上、手術の際に使った薬物についての罪を特に厳しく追及する警察官がいるんですが、教授が「緊急を要していて仕方なかった。彼(主人公)は医師として立派に人を救った」と擁護するのに対し、痛烈に批判するんですよね。
後半、ウルフは逮捕でなく射殺という時に一緒に巻き込まれているチャンドルを巻き込んでも構わないみたいな雰囲気になった際に、冒頭で彼の薬物使用を厳しく追及したその警察官が、まだ子供なんだと救いを訴えるシーンがあって。
腐敗した警察の中にも、こういう人がまだ残っているんだなと感じられた良いシーンだった。
それでいて、墓場で襲撃してくるのもこの警察官なんだけど……。
事情を知っていれば、この人だったら撃たなかったのかもと思えるだけに、ウルフの本当の事情を知らない人たちがもどかしいな、と。

映画館でずっとすすり泣きが響いていたんだけど、でもこれ、おそらくたった一晩の出来事を描いだ映画なんだと思うと、気持ち的には数か月ウルフたちと一緒に逃げ回っていたような気分だった。

好きなタイプの映画でした。小説を1冊読んだ後の印象。
地味だけれど、ぐっと心に響く1本です。

原題でぐぐると、つべに映画1本まるまるアップ(ちゃんと公式らしい)されているので見ることは出来るんですが、日本語字幕なしで見るのはきついかも。

追記

インド映画を見て初めて「じめっとした夜の匂い」を感じました。こんな映画初めてですよ。インド映画といえば、乾いたイメージなのに。雨が降っても、全体的に乾いた感じなのに。
この映画には「湿度」がありました。
監督が黒澤明監督好きという辺りも影響が大きそうです。
判り易い形でテーマを堂々と掲げるんじゃなくて、物語を通して匂わせる感じの描き方は、繊細だなぁと。

作品にとてもこだわりがあるんだろうな。
これからも見られるなら、この監督さんの他の作品を日本語字幕でぜひ見たい。