45号:品質の定義 その変遷(前編)
≣ 概要
「ASTERセミナー標準テキスト」の22ページについてです。
「ASTERセミナー標準テキスト」には品質の定義を説明しているページが2ページあります。テストと品質は切っても切れない関係であり、かつ、重要だからです。
そして、「品質の定義 その変遷」とあるように、品質に関する定義が変わっていった様子がわかるように、特徴的な定義をピックアップしています。仕事のことだけを考えるであれば、23ページの「JIS Z 8101:1981(品質管理用語)の定義」だけを覚えるという方法が効率的と思いますが、それに至った経緯を理解することも大切なのでは? と私は思います。
今回は2ページあるうちの1ページ目について説明します。
≣ 「品質」という単語について
「品質」については、多くの人が色々語っています。
「品」という字は小学校三年生の時に、「質」という字は小学校五年生の時に習います。
控えめに言っても義務教育をでた人は「品質」という熟語を知っているはずです。それなのに、私を初め、いい大人が「品質」について語ってしまうのは、「品質」が人を惹きつける深遠な概念だからかもしれません。
さて、「品質 = Quality」の語源としては、大場充先生から聞いたアリストテレスの話が記憶に残っています。
なお、QuantityとQualityの綴りが似ているのは偶然ではなく「qua」が疑問を表す接頭語で、どのくらい?(Quantity)と、良さ加減は?(Quality)だそうです。そういわれれば、questionとqueryはどちらも「質問」という意味ですね。若干queryの方がフォーマルなのかな。inquiryという単語もありますし。QUはそういった語感を持つのでしょうね。
上でアリストテレスが「物質」を「量」(Quantity)と「質」(Quality)に分けて認識したという話を書きましたが、それでは「品質」の「品」は何だ?という話になります。
これを「品物の品」というと、品質管理関係の人から怒られます。「品格や品位の品である」と。
「品」には、品物や商品、すなわち「他との違いが整理され、明らかになっているもの」という意味と、品格や品位のように「あるものに備わっている良い属性(=ねうち)」という2つの意味があり、「品質」の「品」は後者だというのです。他にも、「品が良いとは、天皇に近いという意味」と教えてくれた人がいます。「上品」、「下品」という言葉がありますが、「究極の上品とは天皇の仕草のことである」と、、、。うーん、確かにイメージはしやすいですが、本当にそうなのでしょうか?私には分かりません。
このように、「品」も「質」も実体に付属する属性で、「品」には「ねうち」という意味があるから「あるものの特徴(特にねうちを指す)」のことを品質と呼ぶようです。(他の説もあるようですが私はこれで納得しています)
次回説明するJISの定義(……『評価の対象となる固有の性質・性能の全体』)はこちらの考えに近いものとなっていますので、お忘れなく……。
≣ クロスビー(Philip B. Crosby)の定義
クロスビーの定義では、「品質とは、要件に対する適合」です。
したがって、品質を確認するためには、「要件」の識別が必要となります。
また、そうして作られたソフトウェアは「精密に測定可能」ということです。つまり、「要件を全部書き出すことができて、さらにテスト対象がその要件を満たすことを精密に測定することができる」と。クロスビーはとんでもない無茶を言っています。
しかも「誤りは不可避ではない(Zero Defect)」つまり、バグゼロは達成可能だから、バグゼロを目指せと言っています。まぁ、ソフトウェア品質について言及された初期の定義ですので仕方ないとはいえ、今考えると、ちょっとないよなーって、思います。
テキストには「→ 一般の工業プロダクトよりの定義となっている」と注意書きを入れました。
たとえば、昭和に販売されていた機能や構造を持つ冷蔵庫や炊飯器ならクロスビーの定義で問題ないと思います。当時の車もセーフかな。
でも、昨今のソフトウェアにこちらの定義の品質達成を目的としてテストをすることは現実的ではないでしょう。
≣ ワインバーグ(Gerald M. Weinberg)の定義
ワインバーグはソフトウェアのコンサルタントで、ソフトウェアのことを熟知していますので、「品質は誰かにとっての価値である」と今でも多くの人に支持されている定義をしています。
この定義の素晴らしい点は「誰かにとっての」の部分です。
つまり、品質の良し悪しは誰かが持っている基準によって決まるということです。
言い換えれば、「ソフトウェアの作り手ではなく、受け取り手(誰か)の判断基準によって品質の良し悪しが決まる」ということです。これはとても重要な指摘です。(“誰か”には開発者自身を含むこともありますが、その場合でも客観的な立場をとります。)
なぜなら、この定義を受け入れたら、受け取り手のことを考えざるを得なくなるからです。
誰かが価値を感じてくれたかどうかが唯一の勝負です。ワインバーグの品質の定義を採用するなら、開発もテストも全ての活動は、「受け取り手に価値を提供する」目的にフォーカスされます。
さらに、後半の「価値 = 喜んで対価を支払う」という具体的な話にしている点が素晴らしいですね。
私はこのワインバーグの定義が一番好きです。
≣ 石川馨の定義
こちらは「品質」という概念は、もの(商品やサービス)だけではなく「業務」や「企業」にまで広げることができるということをあらわしています。
「品質」の概念が広がるということは、「品質」を獲得する技術の塊(学問領域)である品質管理技術は全能の汎用技術であり、「ものの質」の向上だけではなく、(ものを開発するための土台となる)「業務の質」、(業務の質を決める文化である)「企業の質」の向上にも品質管理という学問が役立つことを意味します。
SQCがTQCへ、TQCがTQMに変わった背景でもあります。
なお、広がると広げた先に関心が集まるので、ど真ん中への注意が散漫になりがちです。これを品質のドーナッツ現象と呼ぶとか呼ばないとか、、、ドーナッツの穴を埋めるために品質保証という言葉が生まれたとか生まれないとか。(気になる方は調べてみてください。)
いずれにしても、石川の定義で大切なことは「間違った品の理解(品=品物の品)が横行しているから、もう、「質」だけでいこう。そして、神羅万象を対象として質の向上を行おう」ということです。
≣ 終わりに
品質の定義の前半では、歴史を追う形で、クロスビー、ワインバーグ、石川馨の定義を確認しました。次回は、保田勝通の定義とJISの定義を確認する予定です。
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