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14歳で反抗期を終えた息子とオカンの物語〜息子が天使のように優しくなるまで〜

なんだかとんでもないくらいに長いタイトルですがー

新シリーズの開始です✨

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息子が4歳の春先にかけて本格的に旦那を追い出し、二人っきりでの生活が始まりました。

7歳くらいからゆるやか〜に反抗が始まって、本格的に始まったのは……何歳だろう? 10歳? 11歳?

とにかくその頃から、あたしと息子の本格的バトルが始まり、一般的に落ち着くと言われている16歳までの道のりが遠くて、本当に気が狂いそうでした(いや、狂っていたかも)。

ところが14歳になった今年の夏を境に、息子の反抗期はパタッと終わり、あの争いが一体何だったのかと思うくらい、今では穏やかに過ごしています。

14歳というのは、本格的に反抗期が始まる年とも言われているのに、どうやってそれが治まったのか。

そんなことを綴っていくシリーズです。

今回はプロローグです。
Enjoy!

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息子が産まれたときは、この子はわたしの宝物。
どんなことがあっても守ってあげる、そう思った。
だから、どんなに辛いことがあっても乗り越えていけると思ったし、実際がんばって乗り越えてきた。

なのに

思春期の手前の11歳頃から難しくなってきて、12~3歳では喧嘩が耐えない日々になって、喧嘩をしない日はないくらいだった。

あんなに好きだった息子なのに、目の前から消えて欲しい! と何度思ったことだろう。

「お前なんていらない、出て行け!」

と何度叫んで言ったことだろう。

「捨ててやる!」

と言ったこともある。

ニューヨーク市にはニューヨーク市管轄の児童保護センターが何件かあるから、息子の目の前で「ここに電話しよーっと」と言ったこともある(実際に電話をしたことはない)。

実際に追い出して鍵をかけたこともある。
でもドアの向こうからずっと叩いて、叫んでいるから、近所迷惑になると思ったから、部屋に入れ直して。

いや、違う。
警察呼をばれることが怖かったからだ。

アメリカでは、アメリカだけでなく、きっと世界中で幼児虐待は大きな罪。
刑務所に入りたくなかった。
自分の保身のために、息子をアパートに入れたのだ。

なんでこんな風になってしまったんだろう。

あたしはただ、息子と二人で毎日にこにこした、笑顔が絶えない生活をしたいと思って旦那と別居をしたのに。

どうして毎日息子と喧嘩をしているの?

どうして息子から「死ね! 糞ばばあ!」って言われなきゃいけないの?

頭にきて、愛おしい息子の首を絞めたこともある。
思いっきりお腹を蹴られたこともある。12歳、侮れませんね。力が強くて呼吸できなくなった。
息子の怒りで思いっきり噛まれて二の腕に内出血を起こしたこともあるし(あまりの痛さに動かせなかった、数日間)、鉄の棒で思いっきり叩かれて歩けなくなったこともある。

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ある日、いつものように日本語で叫びながら、喧嘩で二段ベッドをガタガタ動かしていたら、いきなりアパートのドアが叩かれる音がした。

何事?

と思ってドアを開けたら、そこには警察官2人が立っていた。

血の気がひくって、本当にあるんだね。

「通報があったの」

と、リーダー格である黒人女性の人が、やさしくあたしに言った。
もう一人の彼は新米っぽく、ただ、あたしの顔をじろじろとみていた。

通報……

そうか、アパートの誰かが警察に通報したんだね。

そりゃそうだ。ここ毎日のように叫びながら喧嘩していたから、誰かが心配したのかもしれない。

あたしは渡りに船と、ここぞとばかりに12歳の息子が言うことを聞かないから困っていると、アピールをする。

彼女はもう一人の警察官に入口で待っているように伝え、そして土足のままベッドルームに向かった。息子はベッドでふて寝している。

彼女は背中を向けている息子に優しく語りかけ、何やら諭している。
彼女にも12歳になる女の子がいるから、あたしの大変さはわかる、と言ってくれた。
全ては覚えていないけれど、確かこんなことを言っていたと思う。


もしも児童保護センターに行ったら、あなたが今寝ているような温かいベッドで眠ることはできないよ。床で寝るのよ。ご飯は何を食べたの? ママが作った温かいスープを食べたの? そう、良かったわね。センターでは温かいご飯なんて食べられないのよ、お米だけなのよ、それも冷たい。あなたはラッキーね。温かいベッドにスープが食べられて。ね、ママの言うことをちゃんと聞きなさい、ママはあなたのことを愛しているんだから。

言い終わった後、もう一度あたしに向かって「大丈夫、分かっているわよ」というような顔をして、警察官の彼女はアパートから出て行った。

警察が出て行った後、あたしは即効でベッドルームに寝ている、背中を向けている息子に向かって

「よく分かったでしょ。あんたはあたしの言うことを聞かなきゃダメなんだからね!」

と吐き捨ているように、ダメ押しの一言を言ったのだ。

息子がどんな顔をして、何を思っていたのかは、もちろんわからない。
泣いていなかったことだけは、確か。

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それから喧嘩が絶えたかというと、何も変わっていない。
自分から警察を呼んだこともある。
それでも、何一つとして私たちの関係は変わらなかった。

何のために警察を呼んだんだろう?

友達家族も巻き込んで、こうしたらいいよ、ああしたらいいよ、とたくさんアドバイスももらった。息子を預かってくれた友達家族もいた。

ファミリーセラピーにも通って、息子もわたしもそれぞれ個人でカウンセリングも受けた。

キレやすいのは食事がいけないのかと思って、できる限り手作りしたし、食品添加物をできるだけ摂らせないようにした。砂糖だってできるだけ抜いて。神経を落ち着かせる作用のあるハーブティーだって飲ませた。

良い、と言われていることを片っ端からやってみた。

なのに、それなのに、驚くくらいに何も変わらなかった。

どうしてなの?
あたしの何がいけないの?
何が間違っているの???

毎日が辛くて、13歳になった年の冬休み、年末年始に息子一人だけを日本に帰した。
限界だった、彼と一緒に生活をするのが。涙ながらに両親に訴えて、預かってもらうことにした。
チケット代は、夏の2人分よりも高かったけれど、一緒にいたらそれこそ精神病院にいかないとダメなくらい精神が参っていた。

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ところが、息子が日本の年末年始を一人で経験して帰ってきた年の夏、息子が14歳になったのを境に、あたしも息子も憑きものが堕ちたように喧嘩をしなくなった。穏やかな生活を過ごしている。

今では買い物に行く、というと荷物持ちとして一緒に来てくれるし、重たい荷物をたくさん運んでくれる。
「うるさい!」と叫ばれることもあるけれど「さっきは叫んでごめんね」と、ちょっとしたら謝ってくれる。
「手伝ってくれる?」と聞いたら、仕方ないなあ、と文句言いながら手伝ってくれる。

ほんの半年前はたったこれだけの事で大げんかしていたのに。
ウソのようだ。
あれは一体何だったんだろう?

いったいあたしと息子の間に何が起こったのか。
それを書いていきますね、赤裸々に。

思春期・反抗期でお悩みのあなたへの、少しでもヒントになれば幸いです。


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2006年生まれのアメリカ人とのハーフの男の子のいるシングルマザーです。日々限界突破でNY生活中。息子の反抗期が終わって新しいことを息子と考えています。