Hayato Sumino - チャイコフスキーピアノ協奏曲第1番@ 芸劇の感想 (2021.8.14)
今日の午後、小雨降る中、東京芸術劇場に読売日本交響楽団(以下「読響」と略す)サマーフェスティバル2021「三大協奏曲」を聴きに行った。小林資典マエストロの下、新進気鋭の音楽家の石上真由子さん(ヴァイオリン)、北村陽さん(チェロ)、角野隼斗さん(ピアノ)がソリストを務めた。ここでは角野さんの演奏の感想(ピアノに偏った感想...)を自分用に残したい(ヘッダーはチャイコフスキーピアノ協奏曲第1番のピアノ楽譜の冒頭; Wikimedia Commonsより)。
私はピアノ協奏曲の中でチャイコフスキーピアノ協奏曲第1番(以下「チャイコン」と略す)も好きで、国内外で生演奏を何度も聴いてきているが、今日はとても久しぶりの生の演奏、しかもピアノが角野さんなのでずっと楽しみにしていた。感想を書き始める前にチャイコンの背景について簡単に触れておきたい。
ヴァイオリン、チェロの協奏曲が終わって、休憩時間の後、待ちに待ったチャイコン。角野さんが舞台袖から出てきた瞬間から私がドキドキしてしまった。「とうとう始まる!」私の座席は前方左ブロックの前から6列目(ちょうど傾斜が始まる列)の通路側。ピアノ(の鍵盤)も角野さんもマエストロもオケも全てが良く見渡せる特等席だった(ファンクラブ先行で取れた席に感謝)。
第1楽章 アレグロ・ノン・トロッポ・エ・モルト・マエストーソ~アレグロ・コン・スピリート
冒頭はホルンが力強く下降してくるパッセージで始まり、次に弦楽器が登場。「あ~チャイコンが始まった」と嬉しくなる瞬間。角野さんが少し緊張した面持ちで、3拍子のリズムに乗って「ジャン、ジャン、ジャン」と重厚な和音を弾き始める。かつてヨーロッパで訪れた大聖堂の鐘の音を彷彿させるような音色。最初は少し慎重に見えたが、徐々に大胆に身体を揺らしながら生き生きとした表情で弾き始める。横から見る表情から笑みがこぼれる。すでに角野さんらしさが出ている。ピアノの背後にヴァイオリンとチェロが主題を奏でて、そのハーモニーが壮麗ですぐに酔いしれる。
第1楽章は序奏の後、ウクライナ民謡から来ているリズムの旋律の第1主題、抒情的な第2主題が目まぐるしく展開していく。第1主題のピアノは慌ただしく動き回るメロディだが、角野さん、それを全身で表現していく。これについていくように、オケの様々なパートもこのメロディを繰り返しながら盛り上がっていく(オケと一緒に弾く箇所、前から6列目センター寄りの席からでもピアノの音が拾いにくいことがあり、少し心配になった;芸劇のような広いホールではオケに負けないピアノの音の出し方、難しいんだろうなと感じた;追記: ある方の感想で納得したが、今回はオケが60人ほどのフルver.だったため、第1楽章前半では角野さんが音の出し加減を調整できなかったものと思われる。同楽章後半から第3楽章のコーダまでのピアノはオケと重なる部分も掛け合いする所も素晴らしかった)
第2主題はクラリネットがしっとり歌い上げた後、弦楽器、ピアノと順々に登場する。展開部では、角野さんと管弦楽の掛け合い・対話が絶妙。優雅にタクトを振るマエストロが率いるオケとピアノの独奏の息が本当にぴったり合っていて、徐々にクライマックスに向かって盛り上がっていく。
長大なカデンツァでは、角野さん、すばしっこいウサギが駆け回っているかのような可愛らしさを演出したり、ちょっとミステリアスな雰囲気を醸し出したり、宮廷で踊っているダンサーの華やかさを出したり、変幻自在に音を操る魔術師のようだった。その姿はスタインウェイのSPIRIOrで遊ぶCateenさんと重なった。高音域をピアニッシモで奏でるところは、角野さんの佇まいも指も音色も全てが美しくて、この部分だけ切り取って家に持ち帰りたくなるほど。カデンツァでは、角野さん、アドレナリンが出てきて、音の強弱、緩急、絶妙なバランスで弾き分けながら、少し即興も入れてきている感じもあり、怖いところに向かっていくエネルギーがみなぎっていた(ように見えた)。
カデンツァが終わって、美しいフルートの独奏が入る。壮大なコーダではピアノとオケの掛け合いで大きな盛り上がりを見せ、長い1楽章が幕を閉じる。あまりに重量級な楽章なので、もうこれで協奏曲が終わったような感じで、拍手を送りたくなる衝動に駆られる。1楽章(特に後半)だけでも、角野さんのピアノは会場の聴衆の心を虜にしたに違いない。
第2楽章 アンダンティーノ・センプリーチェ
弦のピッチカートに乗ってフルートが抒情的な主旋律をしっとり歌った後、角野さんがその主旋律を柔らかい音色で引き継ぐ。なんて素敵に奏でるのだろうと溜息が出る。本当に繊細な音色のピアニッシモこそ、努力を重ねた結果出せるもの。ピアノの鍵盤でハープを奏でているようにも見え、聴こえる。
中間部はスケルツォになり、フランスの古いシャンソン「さあ,楽しく踊って笑わなくては」という曲が引用されている(らしい)。リズム感抜群の角野さんが身体を動かしながら、次々と転調していく旋律に乗って、軽やかに弾いていく(時々走り気味だったけど、それもご愛嬌)。ステージには全身音楽家角野が溢れていて、こちらもその姿に惹き込まれていく。この楽章のピアノのグルーヴ感が堪らない。
最後は再び静かになって終わる。
第3楽章 アレグロ・コン・フォーコ
第1主題はウクライナ民謡に基づく舞曲から取られたもので、2拍目にアクセントがあるノリの良いもの。冒頭の弦楽器が奏でた旋律をなぞるように角野さんも弾き始め、華麗な技巧を見せながら、ピアノを弾くことを楽しんでいるのが伝わってくる。続いて登場するオケの迫力のある副主題もノリが良くて、聴衆も身体が自然に動いてくるような躍動感がある。第2主題は優美な弦楽器で奏でられ、ピアノがそれを追う。3楽章に始まったことではないが、チャイコフスキーの音楽の旋律の美しさは格別。
最後、オケがクレッシェンドで盛り上がってきたところで、角野さんが凄い勢いで入ってきてコーダが始まった。入り方が凄くカッコ良かった!第2主題が華々しく演奏され、オケとピアノの掛け合いが烈しく進んで壮大に盛り上がって曲が終わった。コーダはピアニスト角野のヴィルトゥオジティを遺憾なく発揮された瞬間だった。コーダが始まった時から瞬きするのも息するのも忘れ角野さんのピアノ、オケとの絶妙な掛け合いに夢中になっていた。
終わった後は多くの人がスタオベをしていたが、私はチャイコンの世界から現実に戻れず、椅子から立ち上がれず、心の中で「Bravo」を叫びながら夢中で拍手を送った。カーテンコールが何度も続いた。生の演奏、特に協奏曲でのオケとピアノの掛け合い、対話を、大きなホールで聴くってやはり素晴らしい。ステージで生み出されるエネルギーが聴衆にじかに伝わってくる感動は何にも代えがたい。
最後に:角野さんの感想(インスタライブより)
これを書き終え、内容を見直そうとする頃、角野さんのインスタライブが始まった(23:03)。嬉しそうにピアノを弾く姿が充実していた一日を物語っている。ライブ中、角野さんから感想、本音が色々聞けた(以下一部抜粋)。
そう感じていたピアニストのエネルギーは聴衆にも十二分に伝わっていた。
本番を終えて感じたことを飾らずに素直に視聴者に話して下さるところ、素敵だなと感じた。チャイコンを聴けた方、聴けなかったけど将来聴く機会を得られるであろう方、色々な立場の視聴者が国内外にいらして、等身大の角野さんに興味を持って、応援したいと思っている。そういうことを感じられるインスタライブやYouTubeライブ、こういうご時世に本当に有り難い。
ショパコン予選を終え(無事予選に通過;7/24)、ポーランド滞在中にポーランド語(の発音)とマズルカ(のリズム)の繋がりに気付き、メゾン・スミノ(ラジオ)で蔦谷好位置さんと対談(編曲のプロにショパン(再現芸術)の解釈について意見を聴く)し、スタインウェイでのラボ配信直前に反田恭平大先輩から助言を受け、チャイコン経験者亀井聖矢さんと2台ピアノ版で練習(8/11)し、そして本日チャイコンの本番を終え・・・色々な経験を経て、一皮剥けたんだなと感じた(音楽の素人が生意気な発言をしてすみません・・・)。
来週、ショパンのピアノ協奏曲第1番(私が世界一好きな曲)の演奏を聴くのがとても楽しみになってきた。このようなご時世だが、無事の開催を祈る。
(終わり)
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