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Yuki Yoshimi - Piano Recital/ダンス紀行 @MitakeSayaka Salon (2021.8.11)

 今夜は渋谷の美竹清花さろんに吉見友貴さんのサロンコンサートに行ってきた。吉見(以下、敬称略)の生演奏は先月17日のめぐろパーシモンに続き2回目だった(ヘッダーはClaude Debussy au piano l'été 1893 dans la maison de Luzancy;出典:Wikimedia Commons)。

 美竹清花さろんは茶色いスタインウェイのグランドピアノが置かれ、こじんまりとした素敵なサロンホール。開演時間になり、吉見は上下黒の姿で颯爽と登場。私の偏見だが、見た目はピアニストというよりダンサーに見える。本日のプログラムは以下の通り、様々な時代の舞曲から構成される。かつてフラメンコ舞踊を習い、休みが取れた時には迷わずアンダルシアに足を運んできた身からすると、舞曲ばかり聴けるコンサートは夢のようで、先週キャンセル待ちが回ってきた時は本当に嬉しかった。

バッハ:フランス組曲 第5番 ト長調 BWV 816より アルマンド
バッハ:パルティータ 第5番 ト長調 BWV 829より サラバンド
ラヴェル:クープランの墓より メヌエット
アルベニス:組曲「イベリア」第1巻より 第1曲 エヴォカシオン、第2曲 エル・プエルト
ショパン:マズルカ ハ短調 Op. 56-3
ショパン:アンダンテ・スピアナートと華麗な大ポロネーズ 変ホ長調 Op. 22

(休憩)

ベートーヴェン:7つのレントラー ニ長調 WoO. 11
シューベルト:34の感傷的なワルツ D 779 Op. 50より 第13番
ショパン:ワルツ 第7番  嬰ハ短調 Op. 64-2
ショパン:ワルツ 第9番 「告別」 変イ長調 Op. 69-1
チャイコフスキー:「四季」-12の性格的描写 Op. 37bis より 12月「クリスマス」
プロコフィエフ:子供のための音楽より ワルツ Op. 65
フォーレ:ヴァルス・カプリス 第1番 イ長調 Op. 30
ラヴェル:ラ・ヴァルス

 まず吉見はバッハのバロック舞踊について説明してくれた。バッハは幾つかの組曲を作曲しているが、何れも数曲の舞曲から構成され、アルマンド、クーランド、サラバンド、ジーグという。アルマンドはフランス語でドイツを意味する。バッハは当時の音型に習った舞曲を作曲している。
フランス組曲のアルマンドは4分の4拍子で、いかにもバロック時代のバッハらしい旋律で淡々と奏でられる曲だった。次のパルティータ5番のサラバンドは4小節ごとのフレーズが規則正しく繰り返され、これもバッハらしい聞きやすい曲だった。
 3曲目のラヴェルのクープランの墓(メヌエット)は、ラヴェルが第一次世界大戦の直後で母の死も重なった中で作曲したという。優しい旋律の曲だと感じたが、終盤は劇的な感じで盛り上がった。ここまでの吉見はまだ大人しいイメージだ。
 次に吉見から今度は重心が下に置かれるスペイン舞踊の説明がなされる。フラメンコシューズには釘が打ちつけてあり、足で音を鳴らす。フラメンコでは「ペソ」と呼ばれる重心が重要だと説明される(もう1つ重要なことはの説明部分は失念)。7, 8年前までフラメンコに明け暮れていた日々を懐かしく思い出す。吉見はまずアルベニスの第1曲エヴォカシオンを弾き始める。バッハのバロック舞曲と打って変わって、南スペインの明るい太陽や街並みが思い浮かぶような郷愁に満ちたもので、テンポも少しゆっくり目で情緒たっぷり弾く姿が印象的だった。第2曲エル・プエルトは(フラメンコ舞踊の)ブレリア(12拍子)も聞こえてくるような曲で、吉見自身が左足でサパティアードを踏んでリズムを刻んでいるようにも見え、こちらも一緒に踊り出したくなるような活気に満ちた演奏だった。フラメンコ舞踊をピアノだけで表現できるって素晴らしい!!ここで「Ole!」とハレオをかけたくなる衝動に駆られて、次の瞬間「そうだここタブラオではなくサロンだった」と我に返るほど心の中で興奮した。この辺りから吉見がピアニストというよりダンサーに見え、ピアノ弾きながら踊り出すんじゃないかとすら思えてきた。
 ここで私がこよなく愛するショパンの作品が続く。吉見からショパンが初めて「演奏する舞曲」を作曲したと紹介される。マズルカは3つの踊り、クヤヴィヤック、マズル、オベレクから構成され、それぞれの有名なフレーズを弾いて見せ、どのマズルカにも、この3つの踊りが組み合わされていると説明。勉強にもなるサロンコンサートである。吉見が弾いたマズルカハ短調Op.56-3は様々な旋律が次々と出てきて転調も激しいが、独特のリズムに乗って弾いている。舞曲、何でも弾きこなしてしまうんだなぁと感心した。
 一部の最後は、アンダンテ・スピアナートと華麗な大ポロネーズOp.22。めぐろパーシモンで華やかで情熱的な演奏に心を奪われたが、今日は間近で迫力のある演奏、とりわけ大ポロネーズを観られ、感激した。以下の動画は美竹清花さろんが開催前にアップロードしてくれたもの。アンスピ大ポロの一部と吉見さんのプログラムへの想いが聴ける!

 10分の休憩の後、吉見のMCから始まった。ベートーヴェンの7つのレントラー第2曲ニ長調WoO. 11はショパンのロマン派のワルツとは違い、少し時代が前の民俗舞曲と言える(というような話をしていた記憶有り)。シューベルトの34の感傷的なワルツ D 779 Op. 50は"普通の"ワルツ("普通"という表現が何だか面白かった)。吉見のピアノを聴いてみると、レントラーはテンポの良い舞曲で、シューベルトの方はしっとりした雰囲気の静かなワルツだった。
 再び吉見のMCが始まる。「皆さん、ショパンコンクールで散々ショパンを聴いてきていると思いますが、10月にも色々また聴くと思います。その中で絶対に弾かれない曲を2つ選びました(会場から笑い)。コンクールでは色々魅せる曲が選ばれるので(と言ったような話があったと記憶)」ワルツ第7番Op.64-2は哀愁に満ちた短調のワルツで、情感たっぷりに歌われる部分と3回繰り返されるPiu mossoが交互に現れ、この速度の切り替わりが魅力だが、吉見の演奏は濃淡がはっきりしており、耳に心地よく響いた。次のワルツ 第9番「告別」Op.69-1は吉見のMCでは説明がなかったが、この初版はショパンが婚約し結婚が叶わなかったマリア・ヴォドジンスカに献呈されている。「告別」と名がついているのは、マリアから婚約を破棄する内容の手紙を受け取ったことから来ている。そのストーリーを知らなければ、ただただ美しい旋律のワルツで、今夜はうっとりと聴き入った。
 ここからはロシアの舞曲。チャイコフスキー「四季」12の性格的描写 Op. 37bisは、12ヵ月の自然や民衆の生活を描いている。私は大昔、この12の小品が好きでよく聴いており、久しぶりにその中でもお気に入りの「クリスマス」を聴けて嬉しかった。ショパンのワルツが宮廷サロンで聴くものとすると、こちらのワルツは家庭で聴くようなアットホームな感じがした。
 次のプロコフィエフの子供のための音楽よりワルツOp. 65は大人しい感じのワルツに聞こえた。
 吉見のMCによれば、フォーレのヴァルス・カプリス第1番イ長調Op. 30は、ショパンのワルツを華やかに昇華させたような曲とのこと。これもめぐろパーシモンで聴いた。両手で交互に旋律を弾いていくところは美しく、時々オクターヴで弾くパッセージは情熱的な舞踊に見え、ピアニッシモからフォルテッシモに急激に変化を遂げていく終結部は迫力があった。本当に踊っているような演奏で、ここでもすっかり心を奪われた。
 最後はラヴェルのラ・ヴァルス。吉見より、これも第一次世界大戦の頃、まだ母の死を引きずっていた頃に作曲されたもの、自分が5年間位弾いてきた曲で、高2の時、日本音コンの2次で気合を入れて弾いた曲、最初こそ舞曲だが、最後は崩壊していると説明があった。中盤くらいまではウィーンの宮廷内の大きなホールで多くの男女が華やかに踊っている姿が思い浮かぶような優雅な旋律とリズムで演奏が進むが、だんだんとワルツらしいリズムが崩れていき、まるで嵐の前の荒れた空模様のようにテンポも乱れていき、転調も激しく、冒頭の主題らしき旋律が再び現れた後、突然終わる。オーケストラのような音数の多い曲、鍵盤を跳ねる指も10本だけとは思えない激しさで、全身で奏でる姿が指揮者のようでもあり、ダンサーのようでもあり、どんどん引き込まれていった。圧巻の演奏に息をするのも忘れるほど。
 アンコールのサティの「ジュ・トゥ・ヴ」はシャンソンっぽい小粋な感じでお洒落なワルツだった。
 サロンで聴く舞曲シリーズ、1700年代初めから1900年代初めまで約200年間に作曲された舞曲を、吉見の楽曲解説と面白トークと共に堪能でき、まさに心躍る夜となった。この秋から米国に留学するという。閉演後、偶然出会った友人たちと一緒に吉見と話す機会に恵まれたので、フラメンコ舞踊をやっていたから今日のプログラムがとても楽しかったこと、アルベニスを聴けて嬉しかったことを伝えたら、喜んでもらえた。友人たちは最後のラ・ヴァルスが本当に良かったと伝えていた。
 以下パンフレット(自分で撮影したため多少曲がっている)には当初のプログラムが記載されている。当日は半分くらい違う曲に変更されたが、いつか今回聴けなかった曲も聴ける機会があればと願う。

 以下は私が行けなかった8月7日の浜離宮朝日ホールでのリサイタルの紹介動画。こちらのリサイタル、8月26日から29日までイープラスサイトでアーカイブ配信をやっているようなので、購入して観たいと思う。

 以下はエリザベート王妃国際コンクールの1st Roundの動画。


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