見出し画像

川柳プロレス中継 ―榊陽子VS川柳―

川柳プロレス中継
実況 寝舘伊知郎(ねるたち・いちろう)
解説 山本小夏(やまもと・こなつ)
   桜丼康雄(さくらどんぶり・やすお)

寝館 全国一千万人の川柳プロレスファンのみなさま、こんばんは。さて本日は、高知県は高知市の川柳特設会場よりお送りいたします。
本日も実況担当はわたくし寝舘伊知郎、そして解説はいつものように、元川柳プロレスラーで「新川柳プロレスリング」役員の山本小夏さんと、東京センリュー新聞社編集局長の桜丼康雄さんで進行してまいります。お二方、どうぞよろしくお願いします。
小夏 よろしくお願いします!
桜丼 どうぞよろしく。
寝舘 それでは早速、秋冷えも吹き飛ぶ熱気にあふれた言葉のワンダーランド、川柳プロレスリングをご覧いただきましょう!
     * * *
さあリング上にいま、榊陽子が颯爽と登場しました! これより自作の披講をおこなってまいります。
(カーン!と鳴り響くゴング)

視聴覚教室に舌はいらないの
すすり泣く儀式からずり落ちる

さあ、まずは直球の川柳を出してまいりました、榊陽子。小夏さん、このへんは序盤らしい出方ですね。
小夏 こういうストレートなおかしみを出して、まずは読み手の力量をはかるんですよ。でもね寝舘さん、いま私ストレートって言いましたけどね、普段の道場での成果が自然に出ているんですよ。一句目なんて、並の選手だったら舌ではなく「口」としてしまいます。二句目の字足らずも句の内容と響き合っています。

手は蔓に鶴はまっ赤な雲梯に
日曜の昼はのどぼとけ自慢大会
鳥の顔して集金に来たんだね

寝舘 さあ、つづいては言葉遊びの技をくり出してまいりました、榊陽子。試合開始から5分が経過。そろそろそのエンジンがかかってきたのでしょうか。
かつて明治の新川柳では「狂句百年の負債をかえせ」「初期柳多留へ還れ」と川柳ルネッサンスが唱えられましたが、この榊陽子の拘りのなさ、大胆不敵であります。

サボテンの花と一夜を濡らしあう
腰から下は連名にしておきました
ブラジャーに七面鳥を詰めて行く
ふくよかな傘を前から後ろから

寝舘 おーーーっと、今度は怒涛のエロチシズム攻撃! ここにきて俄然、積極的な技を仕掛けてまいりました、榊陽子。言葉遊びからの軽やかな連続技を見せております!
小夏さん、狂句的言葉遊びからの破礼句、このへんの技のつなぎはどうお考えですか?
小夏 エロチシズムと仰いましたけれど、四句目は破礼句なんですかね? 私は微妙だと思いますよ。
寝舘 私、畑中葉子さんが歌っていた「後から前から」を想像したんです。ちょっと大人な歌詞の歌謡曲なんですけれどもね、見当違いでしょうか? 私の青春時代がよみがえってくる川柳であります。
小夏 ま、寝舘さんの青春には関知しませんがね(苦笑)。いずれにせよ、ウ〜ン……ぼかぁこういうタイプの川柳には慎重になってしまいますね。なぜと言いましてね、やっぱり川柳は文学ですから。アバラも折れるくらいの真剣勝負なんですよ。そうでしょ?
桜丼 まぁ小夏さんはそう仰いますがね。かつて全日本プロレスのジャイアント馬場社長が「みんなが格闘技に走るので、私、プロレスを独占させていただきます」っていうコピーを出したんですよ。当時のプロレス界は、グレーな部分を極力排除した競技性が求められていましてね。「みんなが格闘技に走るので、私、プロレスを独占させていただきます」ということの真意は、プロレスってのはそんな狭いものじゃないんだぞ、というアイロニーだったんですな。
プロレスというスポーツは謎の覆面レスラーをはじめ、色々な人種が出てきますよね? そして華麗な入場パフォーマンスもあれば場外乱闘もあり、マイクアピールもあれば不透明決着の遺恨劇もある。勝ち負けだけがプロレスのオモシロさじゃないです。
榊クンの言葉遊びや破礼句もね、川柳はけっして文学性だけで成り立っているのではない、という認識が出ているのかもしれません。「みんながマジメに走るので、私、フマジメを独占させていただきます」ってな感じでしょうか、エヘヘヘ。そういう意味ではね、ジャイアント馬場さんに通じる懐の深さを感じますよ、コリャ。
小夏 いやあ、桜丼さんの仰ることもぼかぁ分かるんですよ? でも一言いっておきます! 桜丼さんが馬場さんを例に出されたのでぼくもそれでいきますけどね、馬場さんはこう言っていたはずです。「基本である1、2、3をきちんと練習しないで、いきなり4とか5をやるな」と。つまりですね、狂句とか破礼句っていうのは、普段道場でやる基本の先にあるものなんですよ。榊選手は練習の虫ですし、普段からスクワット三千回をこなしているんで別なんですが、昨今の川柳レスラーはいきなり4や5から入っていく選手も少なくないんです。それで、ぼかぁ慎重になっているんですよ。
一言といったのに長くなっちゃってぼくの悪い癖なんですが(苦笑)、要するにぼくが言いたいのはですね、川柳プロレス界が本末転倒になってはいけないということです! そう思いませんか、寝舘さん?
寝舘 ぐぅ……ぐっ……ぐぅ。
小夏 ちょっと寝舘さん、眠らないでください!
寝舘 は! ……すみません、私すぐに寝るタチで。
桜丼 ちょいと無呼吸症候群のいびきでしたな、コリャ。
寝舘 さあ、榊陽子の川柳に負けないくらいこの実況席も熱い議論が展開されております。では、ふたたびカメラをリング上に戻してみましょう。

春だからふたりで突つくだんごむし
はしたなくひかりかがやくカレンダー
ちょっとだけおもちゃ売り場で臓腑見せ

寝舘 おーーっと、ここで悪意の川柳を出してまいりました榊陽子! 言葉遊びからの破礼句からの悪意の句! フィニッシュへむけて畳みかけてきました。
小夏 寝舘さん、悪意の句と仰いましたけどね、一句目なんかぼくからしたら可愛いもんですよ、ウフフ。これじゃあアバラは折れません。「春という一語をもって刺しにゆく」(石部明)くらいは言わないと。
寝舘 川柳的にはまだまだ可愛らしいと?
小夏 あと二句目ですね。カレンダーってやたらと希望めいて、キラキラ輝いた美辞や写真が多いですよね? それを「はしたなく」と言ってのけるんですから胸のすく思いです。このへん、さすが榊選手という感じですよ。ただ……どうなんでしょうね、読み手の胸がすくっていうのが川柳的に成功なのかと考えたとき、川柳っていうのは何と因果な文芸でしょうね、まだまだ正攻法な感じがしちゃって、その先の表現が見たくなるんです。
それに比べると、三句目見てください、「おもちゃ売り場」という非日常的な楽しい場に、生々しい「臓腑」をもってきているでしょ? コトバで非現実的なセカイを構築することで、逆に現実味を生んでいく。こういう悪意ならね、下手したらアバラ折れちゃいますよ!
桜丼 まぁかつてねぇ、プロレスの神様と言われたカール・ゴッチはですね、亀の状態になって防御する相手のけつめどに、グサッと指を刺して引っくり返していたものですよ、わっはは! プロっていうのは正攻法だけじゃダメだというエピソードですな、コリャ。
「鎌を研ぐみな夕顔になりすまし」(石部明)なんてね、常にコトバの悪意を研いでいる川柳人になぞらえることができる句じゃないでしょうか、ええ。
小夏 同感です!
桜丼 今度は意見が合いましたな。
(ガシッと二人握手)

たるみ無き線路の果ての養鶏場
まだ少し蠢く傘を折りたたむ
ぶらんこに連れてゆかれる子供たち

寝舘 おーーーとっ、ここでゾクリとするような川柳を出して来ました! 大技の連続でフィニッシュを狙います、榊陽子。ここ高知市の川柳特設会場は、悲鳴と歓声とが交錯しております!
小夏 一句目は社会性につながる怖さ、二、三句目はコトバの怖さだと思います。この合わせ技はいいですよ!
寝舘 レフェリーのカウントが入ります、1、2、3!
リングアナ 25分31秒、コワーイ・パッケージ・ホールドで榊陽子選手の勝ち!
寝館 やりました、榊陽子!
お二方、総評をお願いします!
小夏 そうですね、おなじ社会性のゾクリ句でも「白墨を口いっぱいに兵士の子」だったらですね、ちょっと本人の魂が追いついていない感じがして、ピンフォールは難しかったかもしれません。でもね一句目なんかは、いまの情報管理社会とか大衆の熱狂といった恐怖ですね、そういうわれわれの身の丈に合った社会性が功を奏したと思います。いやあ、アバラ折れましたよ!
桜丼 ベタ、言葉遊び、破礼句、悪意、社会性、コトバ化と、現代川柳の要素をオールマイティーに操れる選手ですな、榊クンは。ただ、オールマイティーゆえに作家としての色が見えづらい部分もあります。
まぁ榊陽子クンのばあい、句会というリングで本領を発揮するタイプですからね、ええ。第十七回杉野十佐一賞の大賞をはじめ、川柳カード誌上大会、玉野市民川柳大会、石部明追悼川柳大会、BSおかやま大会とね、そらもう特選や準特選の常連なんですねぇ。いまの榊クンは句会の名手といった印象がありますから、今後は自由詠欄での作家性に期待していきたいですな、コリャ!
寝舘 お二方、どうもありがとうございました。それでは興奮覚めやらぬ、ここ高知市は川柳特設会場からお別れです。みなさま、さようなら!


初出 「川柳木馬」第146号(2015年・秋)