
スーツ姿に憧れていた男が伝統野菜「三関せり」で地域の農業を盛り上げる話。株式会社CRAS 奥山和宣
秋田県湯沢市の三関(みつせき)地区で生産されている「三関せり」は、約300年の歴史がある伝統野菜です。この土地で収穫されたセリは東京の百貨店にも並ぶほどの品質の高さで、全国的にも注目されています。
その一方で、三関せりを生産する農家は年々減少し、「需要があっても供給が足りていない!」という状態が続いています。
今回のあきたびじょんBreakでは、先人が築いてきた伝統野菜「三関せり」を引き継ぎ、後継者を増やそうと立ち上がった若手農家を取材しました。
《名前》奥山 和宣(おくやま かずのり)
《生年月日》1985年7月30日
《出身》秋田県湯沢市出身
《経歴》
大曲農業高校卒業後、秋田県立農業短期大学(現在の秋田県立大学 生物資源科学部 アグリビジネス学科)へ進学し県内スーパーへ就職。その中で農業のやりがいに気づかされ、農家になることを決意。秋田県果樹試験場(横手市)で2年間の研修を経た後、2011年に奥山農園の3代目となり、セリやサクランボなどを生産する。2019年4月には、セリの安定生産と担い手増加を目指す株式会社 CRAS(クラス)を立ち上げた。
三関せりの育て方、知ってます?
― 大きなハウスですね~。全てのハウスで三関せりを育てているんですか?
全て三関せりです。取材に来ていただいている今頃(2月上旬~中旬)は、ちょうど葉っぱの生え変わりの時期で、とっても柔らかくおいしい状態になっています。私たちは生え変わった葉を「新葉(しんぱ)」と呼んでいます。セリの需要期は年末年始ですが、新葉がでてくるこの時期が一番おいしいんですよ。
― 田んぼのように水を張って育てているんですね。
土を耕して、徐々に水を入れて...育て方は水稲と似ています。昨シーズン採れたセリを秋に1本ずつペタペタと寝かせて植えて、根っこがついたら徐々に水を入れていきます。セリは発芽率が悪いので種子から発芽させず、昨年収穫した苗を畑に植えて育てるので、種苗費がかからない優秀な野菜なんです。
<三関扇状地がもたらす清らかな伏流水で育てていることが、おいしさの秘けつなんだとか>
― その道具はなんですか?
「四(し)ほう」と言って、セリを根こそぎ収穫する道具です。セリの根元と根っこの間にあるバン(基礎)に沿って、根っこを傷めないように収穫しています。
<四ほうで収穫する様子>
― 機械で収穫はできないんですか?
難しいですね~。三関で採れるセリ、サクランボ、リンゴってどれも機械化できないんですよね。目で見て手で触って育ち具合を確かめ、手作業で収穫するのは時代から逆行した農業ですし、非効率的だとは思います。でもだからこそ、おいしく育てることができるし、機械には絶対まねできない部分ってあると思うんですよね。
<常に腰を低くしながらの収穫。なかなか大変な作業です>
「根っこ」までおいしい!
<収穫したばかりの三関せり。根っこの白さが際立っていました>
― 三関せりって、こんなに根っこが長いんですね。
品種の特徴ですね。三関せりは根が長く、葉にボリュームがあります。根っこの部分は天ぷらにして食べるとおいしいですよ。
<衣を薄く付け、開くように揚げるとサクサクした仕上がりに。塩で食べると美味>
― ほかにおすすめの食べ方はありますか?
シンプルに素材の味を感じたい方には、「セリしゃぶ」がおすすめです。根っこ、茎、葉とそれぞれ分けてもらって、カモだしでしゃぶしゃぶすると、めちゃくちゃ合います!あぶったネギを入れるとさらに香り高く、上品な味わいになりますね。そして最後のシメには、稲庭うどんがベスト。
― めっちゃ食べたくなってきました...
湯沢にはネギのメガ団地があり、全国に誇れるお酒もあります。漬物も特産品ですし、デザートにはリンゴがある。そう考えたら、ひとつの食卓を湯沢で彩ることができちゃうんですよね。
― 確かにそうですね。
秋田でセリといえば、きりたんぽの引き立て役としてのイメージが強いのですが、天ぷらやセリしゃぶのように主役にもなれる。野菜メインの"きりたんぽに変わる鍋セット"があってもいいんじゃないかと思って、現在商品開発を進めています。
― それは楽しみですね。天ぷらやセリしゃぶ、今度やってみます!
農業なんて絶対やるもんか!
― 奥山さんは、昔から農家を目指していた?
家族で農業を営んでいましたが「絶対やるもんか!」って思ってましたね。小さい頃、父に手伝えと言われてもやらなかったし、将来はネクタイを締めるかっこいい仕事に憧れていました。営業のような、やればやるほど成果につながる仕事がしたかったですね。
― 就農するきっかけとなったのは何ですか?
県内のスーパーに勤務していた時の経験です。棚に並んでいる青果を見て「自分の家でつくったリンゴやサクランボのほうが、もっといいし、おいしいのに...」と思うようになって。それから、農業は手をかけた分だけおいしかったよって言ってもらえるし、理想としていた、やればやるほど成果が出る職種だということに気づいたんです。
― 就農してみてどうでしたか?
実際にやってみるとすごく面白みがありますね。安定した収穫が求められるので、気温や環境の変化があった時、いかに順応して作れるか、農家の腕が試される。そこでどう手をかけてあげるかで収益が違いますし、そこが技術の部分であり、やりがいでもあると感じます。
製造業は天候などに左右されず、通年商品を生産できますが、農業は剪定(せんてい)や収穫といった工程が1年に1回しかできません。となると、私が65歳まで農業を続けた場合、あと30回ほどしか挑戦できるチャンスがないんです。そこで毎年、どう工夫していくかですよね。農業はすごく面白い職業だなと思っています。
― 奥山さんは「秋田県青年農業士(※)」に認定されています。どんなところが評価されたと思っていますか。
就農後は三関果樹勉強会の会長と、湯沢の農業近代化ゼミナールの副会長を兼任していました。そのような実績を認めてもらい、地域を引っ張っていく存在として周りから推薦していただいたから...だと捉えています。これからも、果樹・米・畜産という農家の垣根を超えた横のつながりを大事にして、地域の農業を活性化していきたいですね。
※秋田県青年農業士とは?
優れた農業経営を行いつつ、新規就農者の育成や、地域農業の振興を先導する若手農業者のこと。若手農業者の育成・指導、行政との意見交換など、農業の活性化のため活動している。
あとは売り方と経営次第
― 株式会社 CRAS(クラス)を立ち上げたきっかけは?
最初は自分一人で地域ブランドを守る気概でやっていましたが、途中から一人では難しいことに気づいたんです。なので共通意識を持った仲間や、将来まで地域ブランドを守っていける組織が必要だなと。
― 仲間集めはどのように?
三関せりに興味があって挑戦してみたい!三関せりという地域ブランドを絶やしたくない!...という思いを抱いていた高山大輝(たかやまだいき)と藤山雄太(ふじやまゆうた)を立ち上げメンバーとして誘いました。
<(株)CRASを立ち上げたメンバーの高山さん(左)と藤山さん(右)。いずれも奥山さん(中央)と同じ若手農家で地域の起爆剤となるような存在を目指し集まった>
CRASの由来は、チェリー・ライス・アップル・セリの頭文字から来ています。他にChange・Region・Agriculture・Self(農業で地域や自分自身を変えるんだ!)という意味合いも。 あとCRASはラテン語で「明日」を意味し、キャッチーでわかりやすい部分を前面に出しています。
― 湯沢にはセリの他にもおいしい農産物、たくさんありますよね。
地域の若手農家たちと一緒に立ちあげた青年部「三関果樹勉強会」で作ったサクランボは、楽天市場のランキングで毎年ベスト3に入っています。また、楽天市場・ふるさと納税などと合わせた昨シーズンのリンゴの販売件数は、約1万件ありました。湯沢の農産物はおいしいんだ!という証拠ですよね。あとは売り方や経営次第となってくるので、農業ってものすごく可能性があるんですよ。
<セリのハウスの隣にある作業場ではCRASの従業員が働く。根元についた土を洗い流す作業、計量作業、パッケージ作業など分担して行われている>
引き継がれる農家のこころ
― 農業において、奥山さんがこだわっていることはありますか?
妥協しないということが一番です。手が行き届かない部分もありますけれど、昨年より良いものを作ろうと心掛けています。ずっと同じ場所にいるんじゃなくて、常に前に進んでいくっていうイメージですね。
― CRASが目指すゴールを知りたいです。
CRASという名前には、みんながこの場所に"暮らす"という意味も掛かっています。移住者も、高齢者も、若者もみんながここに暮らして助け合って生きる。それを続けていたら、子どもたちが誇れるふるさとを作れるんじゃないかな、と考えています。一番の目標は「子どものなりたい職業を農業にする」ことですね。
農業はいまだに3K(きつい・きたない・かせげない)と言われています。なので私たちは、①こだわりのある農作物を作り、お客様の②興味を引き、そこには③感動があって、農家としてしっかり④稼ぐ。それをひっくるめて、⑤かっこいいと思われる存在でありたいという5Kを掲げています。自分には小学生の子どもがいますけど、大きくなった時に「農業っていいな」と思ってもらえたら、うれしいですね。
【株式会社 CRAS】
《住所》秋田県湯沢市下関字山根358番地
《業務》セリの生産
【取材・文:秋田ブロガー兼YouTuber じゃんご】https://dochaku.com/
県公式Facebook、Twitterにも取材の様子や裏話を掲載しているので、よろしければご覧ください。
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