見出し画像

[短編ラブコメ小説] こいのうた

城東大学は東京のM市にあった。M市は住みたいまちベストテンに入るようなおしゃれな街並みと、静かな住宅地が同時に存在している学園都市であった。大学はそんな街のシンボルのように郊外の一等地にあって、裕福な学生たちが多かった。学生たちはみな青春それぞれを謳歌していた。
部活も盛んで、中でもミュージカル研究会からは何人もプロが排出し、また、学生のうちからプロ活動している者も多くいた。
そんななかで、水口はるかはミュージカル女優を夢見る3年生。
そして堀口雄太は、ミュージカルというよりは役者志望の同学年だった。
二人ともミュージカル研究会に所属していた。
よく晴れた春の日、キャンパスではるかを見止めた雄太は、後ろからいきなり声をかけた。
「よっ はるか。次の講義出るのか?さぼって茶店で将来の夢でも語らねえか。文化人類学なんか出ても生きるのに役にたたねえぞ」
「びっくりした~ 雄太、あんたってほん~とに暇人ね。わたしは忙しいの!講義だけじゃなくて、そろそろ就活の準備もあるし。あんたみたいに人生なめてると、今にしっぺがえしがくるよ」
「人生はなめることはできませ~ん。アイスクリームじゃねえからな。はるかが就活ねえ。お前の入った会社、一週間でつぶれそうだな」
「失礼ね、なんでよ」
「お前が経理課なんかに配属されてみろ。振り込み金額の桁間違えて、2千円送るところ2千万円送ったりして。ぎゃはは」
「ほんとに失礼なやつだね。いくら私でもそんな間違い、するわけないじゃん」
すこし、自信なさげにはるかが言った。
「そうかねえ~ お前のおっちょこちょいは定評あるかあらな。この間の飲み会の清算のとき、おれの封筒に千円と一万円間違えて入ってたぞ。ま、ありがたく使わしてもらったけどな」
「えっ うそ! 返して、返して! 先輩に怒られちゃう」
「もらったものは返しませ~ん。けけけけ」
「お願い、返して!返して!」
はるかは、雄太のシャツの裾をひっぱった。
雄太は、にたっと笑って。
「なんてね。うそにきまってるぴょーん」
「もう! 殺したいくらい嫌な奴!」
「ほんのブラジル・ジョークじゃねえか。怒るな、怒るな。ところで、先輩って、お前の憧れの君、柳原健二先輩か?」
「そうだよ。先輩、かっこいいよね~」
「まあ、おれの次だな。彼はさわやかすぎて役者としてはアクがないな。役者はイケメンだけではいかん。やはり、味だよ、味」
「胴長、短足、チンピラ顔のあんたがいうことじゃないよ。わが城東大学ミュージカル研究会の星。このあいだ河辺プロのオーディションにも合格して、映画にも出るみたい」
「日本の映画デビューなんて小さい、小さい。男はもっと大きな目標をもたなきゃ」
「ふん、あんたの大きな目標ってなによ。大きなきぐるみデビューじゃないでしょうね」
「おれの目標か、おれも目標はな・・・ハリウッド・デビューだ!
というわけでな、これからバイトいって、ハリウッドに行く旅費をかせがなきゃいかん。はるか、たのむ!交通費千円かしてくれ」
「あんたって、ほんとにお調子者ね。はい、ちゃんと返してよ!」
はるかは、しぶしぶ、キティちゃんの模様がついた、可愛い財布から千円を出した。
「すまん!恩にきる。おれがハリウッド・デビューの暁には通行人の役で使ってやる。じゃな!」
そう言うと雄太は、あっという間に駆け出していった。
「まったく、口のへらないとんまね。あんなのがよく名門校たる城東大学に入れたわね」
「はるかちゃん、だれが口のへらないとんまなんだい?」
「あっ せ、せ先輩、いつのまにここに。とんまは先輩じゃなくて、雄太のことです!」
「ははは。あんな大きな声で楽しそうに話してりゃ、みんなに聞こえるよ。君たちは、仲がいいんだね」
「とんでもない、あんなやつ。大学の評価を一人で下げてますよ」
「まあまあ、それくらいで。ところで、今度の卒業公演のことを、みんなでミーティングしなきゃな」
「そうです、そうです。先輩はもう今年で卒業ですもんね。でも、プロの俳優になるって大変ですよね。わたしも就職か、女優目指すか、今、悩んでいるんです」
「そうねえ、毎月決まった給料もらえるわけじゃないし、まったく保証がない世界だからね」
「ええ。でも先輩のように学生からプロになれた人がいると、目標ができて、嬉しいです」
「僕なんか、まだ卵にもなってないよ。それより、はるかちゃんはいいものをもっているよ。そこを磨けば、もっといい役者になれるよ」
「ほんとうですか! わたし、がんばります!」
ふと健二は正門の方を見た。
「ああ、さくらが来たよ」
キャンパスの正門の方から、さっそうと美女が歩いてくる。うすいピンクのスカーフが、彼女の長い髪と戯れるように絡んだ。はなれた場所からでも、届くようなオーラをはなって、周りの雰囲気を華やかに変えていた。
早乙女さくらだ。彼女もまた、プロで活躍している女子大生女優だった。やはり健二と同様、ミュージカル研究会に所属している。
「おはよう、健二。卒業公演の演目は大体きまったの?ミーティングはいつやるの」
「ああ、やはりミュージカルの『アイーダ』にしたいんだ。こんな大舞台は、プロになったら、主役はまず、まわってこない。学生の卒業公演だから出来るんだ。今のうちに経験しておきたい」
「そうね、わたしもそれやりたい。はるかちゃん、稽古日程の連絡お願いね。じゃ、健二、あとでね。わたし、講義の後、歌の稽古があるんで。やっぱり、バラード系はむずかしいわ。マイクがあればいいけど、これがアカペラじゃ、二千の小屋じゃ、ぜんぜん届かない」
さくらは美しい、長い髪をかき上げながら言った。
「さくら先輩、すごいところに目標おいているんですね」
「ふつうよ。健二、稽古の後、すこし付き合ってくれない。ママの知り合いのプロデューサーに会うの」
「ああ、わかった」
「じゃ、行くわ。講義にでなきゃ」
「はい、いってらっしゃいませ!」
さくらは、スカートの裾をひるがえしてさっそうと校舎に消えた。
「おいおい、メイドじゃないんだから、そんな挨拶はよせよ」
「でも、さくら先輩すてきです。なんか、逆らえないオーラがあって」
「確かに歌はうまいな」
「二千人の小屋ですって。すごいなあ、わたしもあんなふうに歌えるようになりたいな」
夢見るようにはるかは言った。
そばで、健二が笑いながら言った。
「はるかちゃん、ミーティングの件、よろしくね。俺も講義にでなきゃ」
「はい!了解です」
はるかは、ひょうきんに敬礼した。

次の日もいい天気だった。はるかは大学の掲示板を見ながら、講義のチェックをしていた。
「さくら先輩はいいなあ。美人だし、歌はうまいし、お母さんは会社の社長でお金持ちだし。健二先輩と絶対、恋人どおしにきまってる。『天は二物をあたえず』なんてうそだわ。
ほんとこの世は不公平、この不景気じゃ就職もおぼつかないし。さくらさんなんて三物四物もあるじゃない。わたしだってさ。もう少し、美人にうまれりゃ、健二先輩にアタックできるんだけどさ。
はるかは一人芝居をはじめた。
『はるかちゃん、なんか悩みがあるの?ちょっと今日はブルーだね』
 『いいえ健二さん、そんなことありません・・・』
 『いいや、なんか寂しそうだよ、まっすぐこっちを見てごらん』
 『健二さん・・・だめ、恥ずかしい・・・』
キャー、ヤダヤダヤダ~~ ほんどに恥ずかしい!」
後ろからいきなり雄太の声がした。
「おまえ、なに一人でもりあがってるんだ?」
「げっ ばら色の夢から、一気に暗黒の地獄に転落じゃ」
「あんこがどうしたって?お前、ついにノーテンがウイルス感染したか?」
「大きなお世話だよ!それでなんの用!今日はお金は貸さないからね!」
「その逆でした。はい、借りた千円」
「おっ 意外と律儀じゃん。少しみなおしたぞ」
「利子として、チョコレートもつけといたぞ」
「ほんと、うれしい~~。意外いいとこあるじゃん」
「おばあちゃんにうるさく言われたからな。お金のことはきちんとしろって」
はるかはお金を財布にしまいながら言った。
「ねね、雄太。健二先輩と、さくら先輩はつきあってるよね」
「いや・・・おれはちがうと思う」
「なぜ、そんなに自信ありげに言えるのよ」
「なぜって・・・とにかくちがうと思うよ」
「ふーん、なんか知ってるの?二人のこと」
「いや・・・知らないよ」
「ねね、じゃ、えあたしも、頑張ればなんとかなるかな」
「うーん、わかんないよ、そんなこと」
「なんか変ねえ。いつもの雄太じゃないよ」
「何も変じゃないよ。じゃ、おれ、講義に出るから」
「あっ 雄太、ちょっと。行っちゃった。絶対変だよ、あいつ・・・なにか隠してる」

3

翌日の午後だった。雄太はさくらに呼び出されてさくらの自宅の応接室にいた。
さくらの自宅は世田谷の一等地にあり、いわゆる豪邸であった。
応接にはイタリアの家具で揃えられていて、ピアノもおいてある。
雄太はあまり落ち着きなくソファに座っていた。
「雄太くん。こんどの卒業公演の件、おねがいね。わたしこれにかけてるの。公演はプロデューサーや監督、演出家もたくさん来るから」
「はい、仕込みは順調です。裏方もはりきってますし」
「そう、良かった。ところで、あなた。わたしの秘密、誰にもしゃべってないでしょうね」
「しゃべってませんよ、そんなこと・・・それに聞かれることもないし」
「そう、それならいいけど。わたしたちが従兄弟どおしだから、あなたには知られちゃったけど。そのことさえ、騒ぎになりそうなのに」
「さくらさんみたいな美人と、胴長、短足、チンピラ顔が親戚だなんて、だれも思いませんよ」
「あら、そんなことないわよ。あなたもなかなか素敵よ。個性的で」
「そうですかね。ものはいいようですね」
さくらはちらりと横目で雄太を見ると唐突に言った。
「あなた、はるかちゃんが好きなんでしょう?」
「そ、そんなことありませんよ!あんなガチャのおっちょこちょい」
「だめよ、ごまかしても。人妻の目はごまかせないわよ。はるかちゃん、かわいいものね。いい娘しゃない。頑張りなさいよ」
「自分から秘密をばらして、どうするんですか。それに健二さんと噂になってますよ。恋人どおしだって」
「そうみたいね。でも、わたしには好都合なのよ。わたしが結婚してることがばれたら、今後の女優活動に支障をきたすわ。わたし、海外が長かったじゃない。だから、向こうで国際結婚してしまったのよ。母も貿易商だし、しょっちゅう外国に行ってたせいで。それに健二とはただのクラスメートよ。彼も私のことを、同じ役者を志す同士としか、みてないわ。それに、彼にはちゃんと彼女がいるし・・・」
「へえ、そうなんですか。知らなかった」
「その人は病気なのよ。だから、あまり会えないみたい。健二は確かにイケメンで人気があるけど、ストイックな人よ。けして浮気なんかしない」
「でも、はるかも健二さんを好きみたいです。きょう、相談されて」
「そんなのただの憧れよ。一時の『はしか』みたいなものじゃない。女の子は年齢によって好きなタイプが次々と変わっていくの。小学校のときはアタマのいい人。中学高校はスポーツマン。おとなになったら頼れるひと」
「そんなもんですかね。おれにはよくわからないな」
「とにかく、わたしは結婚していて、だれとも付き合えない。健二も彼女がいる。引き算すると、あなたとはるかちゃんがつきあうしかないの。わたしも応援してあげるから」
「へえ、俺たちの恋愛は算数ですか」
「算数でも国語でもいいの!とにかく頑張るのよ」
「はあ・・・」
次の日、雄太がキャンパスを歩いていると、はるかが駆け寄ってきた。
「ゆうた~~」
「なんだよ、朝っぱらから。大声で、うるせえな」
「昨日のチョコレートおいしかったよ。また千円貸すから、チョコレートつけて頂戴」
「お前、馬鹿か・・・それより、教えておいてやる。お前にはあまりいい話じゃないけどな。健二さんには、さくらさんではなく、ステディな彼女がいるらしいぞ」
「そうか・・・でもどうして知ってるの」
「すまんが情報の出どこは言えん。でも確かな話だ」
「そうか・・・そうだよね~あんなにかっこいいんだもんね。いないほうが不思議だよ。でも、それは、もういいんだ。わたし、チョコレートくれたら、つきあってやってもいいよ」
「お前の価値はチョコ一枚か。安い女だな。でもまあいいや、チョコ買ってやるよ」
「ほんと、うれしい!あのさ、駅前のチョコ専門店のラムールとダンテがおいしんだけどさ。それに、奮発してくれたら、銀座のゴティバとか六本木のジャン=ポール・エヴァンも最高よ」
「おい、ちょっとまてよ、そんな高いチョコレートは約束してないぞ」
「なに言ってるの、男でしょ。さ、いこいこ」
「お、おい、ちょ、ちょっとまって、俺講義が・・・」
はるかは雄太の手をひっぱって走りだした。
    
           了

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?