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僕たちは何を目指しているのか

最近、ふと思うんです。

世の中には様々な目標を抱いている人がいて、人の数だけ夢がある。

金持ちになりたい人がいたり、スポーツ選手になりたい人がいたり、美男美女とお付き合いをしたいと思っている人もいる。

冒険がしたい、安定した生活がしたい。

人々の無数の願望がある。幸せになりたい。平和に暮らしたい。愛情を注がれたい、注ぎたい。

例を挙げればきりがないと思います。

そこで、僕はふと思うんです。人々はなぜ願望を実現させたいのか。夢を叶えて、幸福になって、いったいその先に何があるのか。

「人生とは何か」というテーマは、本当に普遍的なテーマだと思っています。夢を叶えるために努力をして、そして成長して、しかし成長こそしたけれども、その先には更なる壁がそびえ立っていて……

成長の先に、更なる成長が待っているのなら、果たして本当に「成長」などする意味はあるのだろうか。と僕は感じてしまう。

夢を叶えてしまったが故に、人生の目標を見失って、燃え尽きてしまう人もいるかもしれない。

夢を叶えたら、夢は終わり、成長の先には、更なる成長という苦しみの試練が待っている。いったい、僕たちの人生の、真の終着点はどこなのだろうか。

そこで僕は思ったんです。大切なのは、「人生の目的」ではない。「人生の状況」でもない。「テーマ」でも「成長」や「願望実現」でもない。

ましてや「人にどう思われるか」「成功者と呼ばれるか」でもない。

そんな場所には存在しない。

客観的な指標で図ることができる場所には存在しない。

もっと普遍的で根源的な「喜び」

挑戦に没頭し、没頭している自分に魂から納得し、単純な「生きる喜び」では推し量れない非合理的な境地、今この瞬間、一瞬の大いなる煌めき、一切の迷いが存在しない突き抜けるような活動。

それは生命を超越した生命なのかもしれない。








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