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ハンバーガー回想記〈1730字〉

――突然、ハンバーガーが食べたくなった。

この前ハンバーガーを食べたのはいつだっただろう。
1か月?3か月?いや半年以上も前か。
若い頃はあんなに好きだったのに、今は滅多に食べなくなってしまった。
別に嫌いになったわけじゃない。でもあの頃の美味しさは、もう取り戻せない気がするのだ。
もっともそれは、ハンバーガーに限ったことじゃないんだけれど。

若い頃は部活が終わったあと、よくみんなで近くのハンバーガーショップへとなだれ込んだものだ。ノーマル、チーズ、てりやき、だいたい頼むものはそれぞれ決まってる。

「アイコ、いつもソレじゃーん」
「何さ、エリカもでしょ」

とお互いに小突き合う。
有名なチェーン店もいいけれど、個人でやってるような小さな店にもよく行った。あんまり愛想のないおばさんが、一人でやってるようなところだ。

「チーズバーガー1つ!」
「私、てりやき!」
「私も」
「……はい。チーズとてりやき2つね」

やがて狭い店内に、じゅうぅぅぅというこの上なく食欲をそそる音と、肉の焼ける芳ばしい匂いが漂い始める。
おしゃべりに興じながら鼻と腹だけは敏感にセンサーが動いて、今か今かと待ちわびながら、ちらちらとおばさんの様子を盗み見る。

「はい、おまちどお」

人数分のバスケットをのせたお盆がテーブルに運ばれると、これまで話してた話題などそっちのけの大騒ぎだ。

「これてりやきだよ。チーズ、誰?サトミ?」

わさわさと包み紙の隙間から中身を覗き込みながら、それぞれ一斉にかぶりつく。

「「「おいしー!!!!」」」

人数分の大合唱。
だって本当に美味しかったのだ。
小さなお店は出来上がりに時間はかかるけど、そのかわりバンズまでしっかりとオーブンで焼かれてるから、さわると火傷しそうに熱い。

包み紙から飛び出しそうなハンバーガーをしっかり押さえ、がぶりとひとくち。よく焼けたパティのカリッとした歯ごたえ。すぐさま追い打ちをかけてくるひき肉の旨味と、口の中いっぱいにあふれ出る肉汁。
何度食べても、ヤツらはその信頼を裏切らない。

その約束のパティをシャキシャキと音のするレタスと、とろりとからむ甘辛のてりやきソースで包むことを考えた人は天才に違いない。
いや、シンプルにチーズを挟むのだって、捨てがたい選択だ。
お決まりのフライドポテトはこんがりときつね色に揚げ上がって、まるで消しゴムみたいにぶっとく、半分に折ると、誇張ではなく中身が白くつやつやと光っていた。

食べたい欲求と大事に味わいたい思いがせめぎ合いつつも、実際にはあっという間にバスケットは空になる。
微妙な沈黙。大事な秘密を共有するような視線。

「どうする?……いく?」
「うそ、マジで?」
「え、サトミはパス?」
「や、そういう意味じゃ……じゃ、いっちゃう?」

かくして私たちは、再びレジに貼られたメニューに群がるのだ。
おばさんの呆れ顔など気づかないフリをして。


今でも時折、無性にハンバーガーを食べたくなる。
でももう昔のような個人のお店はないから、恐らく地球上どこにでもあるチェーンのハンバーガーショップに、ぼそぼそと足を運ぶ。
もちろん、これだって悪くない。
バンズは紙に包まれてじとっとしてるし、フライドポテトはくたりとしなだれてはいるけれど、いつでもどこでも手軽に食べられる便利さはありがたいものだ。

ポップなパステルカラーで塗りたくられた店内には、家族連れやカップルでいっぱいで、私のような年齢の女性の一人客は完全なマイノリティだ。
少し離れたテーブルで、制服の子たちがきゃらきゃらと笑いこけている。
思春期独特の、あのキンキン声。
でも、自分もそうだったんだ。
ほんっとにくだらないことで、いつまでも笑ってられた。
「おまえら、俺が ” 明日は水曜だ ” って言ったって笑うだろ!」とは、当時の担任が教壇で言い放った台詞。

もう今は量が多くて、一人でセットメニューも食べられない。年を取ったものだ。
それでもたまに、どこかの店先にどーんとディスプレイされた写真にちらりと目が行く。
圧倒的存在感を放つ、タワーのごとく階層化したハンバーガー。そんなのもう食べられやしないくせに。食べたら数日は胃もたれで泣きを見るくせに。
こういう時にちょっとだけ恨めしく思うのだ。
――若さってすごいんだな、と。



【あとがき】
文章の練習用に書いたものです。実話と創作のハーフ&ハーフ。
最近すっかりスランプで、ちっとも坊っちゃん文学賞向けのネタが降りてこないので、書く手が鈍らないように練習などしてみようかなと。習作というモノでしょうか。
読んで下さってありがとうございます。もしハンバーガーが食べたくなって下さったら嬉しいです!



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