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祈願上手【毎週ショートショートnote】

日付の変わる正刻せいこく。闇の押し返すような境内は、灯りひとつとてない。天空からしんと降り注ぐ月の光だけが、石畳を冷たく照らしている。

一人の女性が、暗く沈む拝殿の前でぬかずいていた。この神社に秘かに伝わる言い伝えに縋って。

『子の刻に舞を捧げて気に入られた者は、願いを叶えてもらえる』

どれほどの時間が経っただろうか。
どこからか楽のが聴こえてきた。大樹の幹を伝うような笛の音、地の根を揺らすような太鼓の音に混じって、楽しげな囃し声と手拍子が神殿の奧から響いてくる。


――踊れ 踊れ 踊れよや
 叶えてほしくばが果てるまで踊れよや


女性は憑かれたように立ち上がると、拝殿の左にある吽形うんぎょうの狛犬の脇に回り込んだ。これも祈願作法のひとつだ。拝殿の前を舞台に見立て、客たる神々から見て右、つまり上手から下手へと踊るのだ。

高鳴る太鼓の音に乗り、月の光の下で流れるように舞う美しい姿にやんやの喝采が湧く。


佳き哉よ  かな


神殿の奧で、主神のウズメノミコトが艶然と微笑んだ。

(420字)


【あとがき】
霜月透子さん『祈願成就』刊行、おめでとうございます!!!
妖し美しいホラーの名手である霜月さんにあやかって、ちょこっとだけそれらしいお話にしてみました。

【解説】
・子の刻=現代の23時~1時。初刻が23時、正刻が24時で、終わりが1時

・狛犬の形=一般に、神殿に向かって右が阿形あぎょう(口を開いている)、左が吽形うんぎょう(口を閉じている)。仁王像にも見られる形。


*この記事は、以下の企画に参加しております。


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