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聖地・宇都宮を歩く ~秋田柴子の餃子探訪

冒頭からなんの装飾もなくて恐縮だが、私はとにかく餃子が好きである。

時に秋柴餃子右衛門あきしばぎょうざえもんとまで名乗り、一部の方々からは「餃子犬」などという不本意な名前を頂戴している私の悲願。
それは

「本場・宇都宮の餃子が食べたい!!!」

この一言に尽きる。
実は昨年も、東京の仲間を訪ねる旅の中に組み込もうと企みはしたのだ。
だが
「いや秋田さん、東京から宇都宮はけっこう距離がありますよ……」
と何人もの方からご忠告をいただき、結局断念したという経緯がある。

というわけで、今年はそのリベンジである。
しかし地図を見てみると、確かに東京から栃木・宇都宮はなかなか遠い。在来線を使うと快速電車でも約2時間はかかる。なのでここはひとつ贅沢をして、埼玉の大宮から新幹線を使うことにした。これだとかなり時間を節約できる。
(その日は池袋に宿泊していたので、地理的に東京駅に戻るより早いと踏んだのだ)

大宮から宇都宮までは、新幹線だと30分もかからない。
列車に乗り込んで座席を探し、上着を脱いで荷物を棚にのせ、やれやれと座ってお茶を飲み、きょろきょろと車内を見回していたらもう到着だという。
いやいや、これも現地での時間を有効に使うための投資なのだと自分に言い聞かせ、私はついさっき脱いだばかりの上着をおもむろに着る。

令和5年11月25日。私はついに餃子の聖地、宇都宮へ降り立った。

コインロッカーに重い荷物を預けて身軽になった私は、まず旅の起点を記録に残すことにした。
昨年から仲間に教えられていた、アレである。

宇都宮駅の餃子像。
ちょっと言葉を失う(笑)

かの有名な(?)餃子像である。宇都宮駅前デッキの2階に鎮座しており、いちおう「餃子のビーナス」ということになっている。
初見はこの何ともいえないシュールなフォルムにしばし言葉を失うが、実はちゃんと栃木県の特産物・大谷石おおやいしで作られているあたり、宇都宮市民の本気を感じさせると言えなくもない。
餃子を巡る旅は、ここから始まるのだ。

この日は見事な快晴であった。
前日はとても11月下旬とは思えない「暑さ」に肝を潰したが、ありがたいことに今日の気温はぐっと下がった。おかげで歩きやすい。
ということで、まず最初は土地の神様にご挨拶。
宇都宮駅から歩くこと、約30分。
宇都宮二荒山ふたあらやま神社である。

二荒山神社。
宇都宮市内の中心部にある。

30分歩いた後の、この階段に泣いた。
そもそも端からバスに乗ればよかったのだが、知らない街に来るとついつい歩いて巡ってみたくなるのは犬のさがか。

さてご挨拶が済んだら、いよいよ本命の宇都宮餃子だ。
この二荒山神社のすぐ近くに、なんと『餃子通り』と呼ばれる餃子の店が並んだ、まさに聖地というべき場所があるのだ。
だがいそいそと足を運んだ私は、熱い期待に反した光景に驚いた。

――人がいないのである。

表通りから一本裏に入った狭い道の両脇には、小さな店がひしめいて並ぶものの人の姿は数えるほどしかなかった。拍子抜けする思いで通りに足を踏み入れて、ふと脇を見た私は思わずぎょっとする。
すぐそこの立体駐車場の影に、人・人・人の列……!
それは宇都宮餃子の中でも圧倒的人気を誇る『宇都宮みんみん本店』の開店待ちの列だったのである。恐らく狭い道を客待ちの列で塞がないために、お店の人がそこへ並ぶよう誘導しているのだろう。

時刻は10:45。開店は11:00だ。ふと見ると、店の脇に電車の切符のような券売機がある。どうやら整理券を発行しているらしい。
この時点での受付番号は30番で、すでに30~50分の待ちとあった。観念して券を片手に列の最後尾に並んだものの

「ここに並んでなくてもいいですよ~。近くなったら戻ってきていただければ~」

ということだったので、その間にあたりの散策をすることにした。
だがどこの店もまだ開店していない。だからあまり人がいないのだ。

するとすぐ近くに、見覚えのある店名の看板が見えた。栃木在住の仲間が事前に教えてくれた『みんみん』と並ぶ宇都宮餃子の双頭『ぎょうざ専門店 正嗣』である。
こちらは『みんみん』ほどの待ちはなく、わずか数組が並んでいるだけだ。

だがここは開店が11:30。さあ『みんみん』の30番とどっちが早いか。アチラは既に店を開け、少しずつ客が動き始めている。

正嗣(左)とみんみん(右)。
どちらも大人気!

すると『正嗣』から店員さんが出てきて、並んでいる人にオーダーを取り始めた。

「あの、ここ11時半からですよね?」

すかさず訊ねると、店員さんはにこやかに答えた。

「いえ、早いけどもうそろそろ始めようと思います」

――よし、並ぶ。
私は一瞬で決断して、列に並んだ。既に6組ほど並んでいたから、最初のコールでは入れないかもしれない。だが正嗣の店舗はとても小さく「餃子以外は何もない」と公言している店だ。何もない=ライスやビールもないから、恐らく客の回転は早いと踏んだのである。

果たして待つこと15分。最初の客が何組か出ると、私は2番めに入れてもらえた。小さなカウンターのすみっこだ。
既にオーダーもしてあるから、出てくるのも早い。

店先に「当店の餃子は小ぶりだから、大人なら2~3人前でちょうどいい」と注意書きがあったものの、このあと数軒はハシゴする予定だから、とりあえず1人前にしておく。
宇都宮の餃子は、焼餃子と水餃子を両方頼む人が多いらしい。
そして出てきたのがこちらだ。

正嗣の餃子。1人前280円!

でかいやないかっっっ!!!!
……というのが、まず心の中の第一声であった。
いわゆる三日月型の餃子と違って、ぱんぱんのころころ。まるで小ぶりの稲荷寿司を思わせるフォルムである。
しかも、一口食べるや

「あっつーーーーーー!!!!」

判っている。外には人が待ってるし、『みんみん』の順番もあるしで、焦って食べた私が悪いことは、よく判っている。
だがマジであっつあつの焼きたてなのだ。誇張ではなく、皿からもわもわと湯気が立っているのである。

この最初の一口で上顎を思いっきり火傷した私は、その後何度も宇都宮餃子の熱すぎる洗礼を受け、旅から帰ってから10日間あまりもその傷跡に悩むことになるとは、この時は知る由もない。

だがそれはさておき。
確かに『正嗣』の餃子は、美味かった。とてつもなく美味かった。
正直、この一皿だけでもはるばる食べに来た甲斐があったというものだ。

私は1番手の痛烈なクリーンヒットにくらくらしながら、満足して店を出た。
こうなると『みんみん』への期待は、否が応でも高まる。
私は急いで数軒隣の『みんみん』の現在の入店番号を覗いた。

――24番!

何という素晴らしいタイミングであろうか。
私の意地汚い作戦は、見事に当たったのである。実際そこから10分もしないうちに「番号28,29,30の方ーーー!」とお声がかかったのだ。

私はいそいそと手を挙げて、テーブル席に案内された。たった1人で4人掛けの席をもらって、いささか決まりが悪い。
ここは『正嗣』と違って、ビールやライスもある。私も小ライスをつけてもらった。
『みんみん』は『正嗣』よりやや小ぶりで、いかにもザ・餃子! という感じだ。焼きもしっかり入って、シンプルでスタンダードな味わいだった。

よく焼けた『みんみん』の餃子。360円。

すっかり気分を良くして『みんみん』を出た頃には、外の様子はがらりと変わっていた。どこのお店の前にもずらりと人が並んでいる。『正嗣』も、ついさっきまでの待ちが数名だったことが嘘のように、今や店の角をぐるりと囲むように列が伸びている。
これではもはやどこにも並べない。さっきまでの自分は、とことん運が良かったのだ。

観念した私はひとまず餃子通りを離れ、再びメインストリートを歩き始めた。
実はこの日は偶然にも、栃木県庁にて小学館のお仲間である村崎なぎこさんの講演会が開かれるのである。すでに満席と聞いていたが、せっかく同じ宇都宮の空の下にいるのだから、ダメ元で行ってみることにしたのだ。

栃木県庁に向かう途中、通りがかりにもう一軒、人気店の『香蘭本店』を覗いてみたが、昼時もあって見事に長蛇の列。待ち時間はなんと90分! これを待っていては講演会に間に合わない。私はそのまま通り過ぎて、再び県庁に向かった。

栃木県庁。
向かいのイチョウが美しい。

青空にイチョウの黄金色がくっきりと浮かぶ中、栃木県庁が見えてきた。
中に入ると、土曜日なので暗くがらんとしている。たぶん来ているのはなぎこさんの講演会絡みの人ばかりだろう。さすが栃木、入り口にいちごの巨大オブジェがあって面白い。ここに餃子のオブジェもあったら、なお面白いのだが。
私は誰もいない、きれいなお手洗いで歯磨きとファブリーズに身を浄め(笑)、会場となる研修室へ向かった。

栃木県庁内部。
名産のいちごがあちこちに。

だがはるばる辿り着いたものの、やはり当日券は存在しなかった。
でもまあ、それは仕方ない。さっさと予約しない私が悪いのである。
なに、知らない土地の県庁の中に入ることなど、まずないではないか。下手をすると自分の住まいの庁自体、あまり行くことはないかもしれない。そう思うと、なかなか得難い体験であった。

さて足もだいぶ疲れてきたが、残念ながら宇都宮の街にはあまりカフェがない。帰りにもう一度覗いた先ほどの『香蘭本店』は、相変わらずずらりと人が並んでいる。
私は諦めてバスで宇都宮駅に戻ることにした。

ところが駅に近づいた頃、私はバスの中から、さっき諦めた『香蘭』の別店舗である『香蘭 西口店』の待ち列がかなり少ないことを見て取った。

――行ける……!

私はバスを降りると、一目散にUターンして『香蘭 西口店』に向かった。
待ちはわずか数組。案の定、20分もしないうちに呼んでもらえた。
ここでも焼餃子を1人前。熱さには多少慣れたが、やはり焼きたてが出てくる。ひとくち齧ると、じゅわりとした肉汁がたっぷり出てくる、これぞ餃子! と言うべき逸品だった。

肉汁たっぷりの『香蘭 西口店』の餃子。350円。

さすがにこれが限界だった。
だが、充分に、本当に存分に楽しめた。
事前に情報をくれた友人には心から感謝したい。

日頃からバー巡りが趣味の私は、その日の夜も地元のバーに行ったのだが、またそこでの餃子噺が本当に面白かった。何でも地元の人は、あまり店には行かないらしい。

「まず行かないねぇ。年に1回とか2回とか、そんな感じだね」

へえ、そうなんですかと驚くと、何人もいるバーテンダーさんたちは一様に頷いた。

「そのかわりね、僕らは買うんだよ。買って送るの。冷凍のヤツね。あれを大量に買って、親戚とか友達とかに送るわけ。それこそ何万円の単位でね」

何万円! さすがに本場は規模が違う、と私はいたく感心した。

「ところでお姉さん、どこ行ったの? だいぶ並んだでしょう」

私が三軒の店を挙げ、さほど並ばなかったことを話すと、みんな「それは上手に回った」と褒めてくれた。そして店には行かないと言う地元の人たちの、実に熱い餃子愛にあふれたトークが繰り広げられていく。
宇都宮の中では『みんみん』と『正嗣』、それぞれ贔屓の派が分かれているという。そう言えば私に餃子情報をくれた栃木在住の仲間もそんなようなことを言っていた。

「両方食べたの? 姉さんはどっちが気に入った?」
「あー、私は『正嗣』が好きです。『みんみん』もよかったけど」

私がそう答えると「おお、俺もやー!」とか、「あかん、俺はみんみん派や!」とか声が上がり、それはもうバーとも思えないぐらいに賑やかだ。

「姉さん、あそこの店フライパンだった? 鉄板だった?」
「いや、そんなの席からは見えんでしょ。それよりあそこはプロパンか?」
「プロパンは店の中に置けないからな。○○ガスだろ」
「それになあ、あそこ先代死んじゃってからあかんわ。権利売っちゃったもんな。先代の親父さんの時は、ほんっとに美味かったけどなあ」

味や接客の良し悪しに始まり、焼く道具から火力の強さ(都市ガスは弱いらしい)、経営者の家族構成にいたるまで、とめどもなく話は広がっていく。
こういう地元の人の語りは、聞いていると本当に楽しい。

そして帰りに、迷いに迷った末にたった1区、憧れの路面電車「LRT」に乗って帰った。もう思い残すことはない(笑)

宇都宮の路面電車・LRT(ライトレール)
意外と地元でも乗っていない人は多い。

「ほんとはね、もっと力を入れてかなきゃいけないと思うんだよ。せっかく"宇都宮=餃子"っていうイメージが広まってきたんだからさ。ここで止めちゃいけないんだよ。俺たちも頑張って買うけど、もっともっと外の人が来てくれるように工夫し続けていかないと」

そう熱く語るバーテンダーさんの言葉に、餃子の街・宇都宮の矜持が滲んでいるようだった。

だが残念ながら、それから約2か月後の2024年2月6日に発表された総務省の家計調査「餃子への年間支出額」で、宇都宮市は昨年の二位から三位に転落するという、非常に厳しい結果となった。
宿年のライバルである浜松市が一位に返り咲き、そして新興の宮崎市が二位となった。その二都市の後塵を拝する形となったのだ。
あの時のバーテンダーさんの言葉は、まさにこの状況を指していたのだろう。

でも数字はともかく、確かに宇都宮の餃子はとてもとても美味しかった。
そしてどこの店に入っても、たった一人の客、しかも最少量しか食べない私にも、きちんと丁寧に接してくれたことは声を大にして言いたい。

私は家に帰ってから、さっそく通販で正嗣の餃子を購入した。バーでも話したとおり、今回食べた三軒の中ではここがいちばん気に入ったからだ。
最低販売量が5人前からというあたり、やはりあちらは気合いが違う(笑)

通販でも買える『正嗣』の餃子。
5人前で1200円(送料別)

県外の私が買ったところで宇都宮市の成績が上がるわけではないけれど、ご縁あった土地のことだ、やはりいつまでも活気ある街でいていただきたい。
いつかまた、かの地を訪れるその日まで。

素晴らしき宇都宮餃子、万歳!!!

#餃子がすき

*この記事は、以下を加筆・改稿したものです。


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