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夢で松田聖子に会った話


何処から夢が始まったか、もうよく覚えてない。とにかく唐突で、目を疑ったことは覚えてる。

俺の部屋に、松田聖子が居た。

ロングヘアーで、すっかり伝説のアイドルとしての風格を宿した大人の女性としての松田聖子だ。

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「ごめんね〜。急にお家お借りする事になっちゃって。明日の朝には出て行くから、何も気を遣わなくて良いのよ!」

俺は何もかも分からなかったが、聖子ちゃんの言葉から(そういう事なんだ...)と無理矢理理解し「い、いえ!どうぞくつろいでください!」と彼女をソファーへ案内し、震える手でお茶を出した。

俺にとって松田聖子は、生まれた時から現在に至るまでずっと頭の中で輝き続けるトップアーティストだ。彼女の曲は物心付く前から母の車の中で引っ切りなしに流され続け、遺伝子にまで刻み込まれている。

ストーリー性に富み文学的で、彼女をひとりの女性として最大限に輝かせる瑞々しい歌詞。80年代特有のチャレンジ精神を爆発させつつも、名だたる作曲家達の確かな実力に裏付けされた説得力を持つメロディライン。子供ながらに俺は、「音楽」という概念を構成する要素を松田聖子で覚えていったのだ。

そして同年代の他のアイドルと聴き比べても一線を画す天使のような歌声。母性と少女性を高密度で同時に併せ持つ彼女の歌声は、ただでさえ高レベルな楽曲に何倍もの奥行きを持たせる。

そして、見るたびに目が回るような美貌。

母は聖子ちゃんが福岡に来ると、毎年見に行っていた。母が一日中家を空ける休日は幼い俺にはひどく寂しく、時には聖子ちゃんを憎んだ事もあった。

でも、母が青春時代に受けた衝撃と羨望を、家庭を持ち子を産んだ後も忘れられないほど、彼女は魅力とカリスマに溢れていると、今なら共感出来る。

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「あっ、キミもしかして音楽好きなの?」

クラクラと混乱していた頭に、聖子ちゃんの声が飛び込んで来る。気がつくと彼女は、俺の部屋を物色していた。

「あっ!すいません、汚い部屋で。」

「ううん。ここにあるレコード、佐野元春さんじゃない!」

「はい。父が好きだったもんで...。あっ、母は、松田さんの大ファンなんです!今でもライブに行くくらいで...。それで僕も小さい頃からずっと松田さんの歌を聴いてました。」

「でも私のレコードは飾ってないじゃん。」

「あっ!!いやっそれはすみません!」

そんなような会話をした気がするが、もうあんまりおぼえてない。でもとにかく、色んな話をした気がする。

「へー、福岡も路上ライブとか多いんだー!」

「そうですね、警固公園って場所があるんですけど、夜になるとスピーカーとマイクを持った路上ライバーが壁伝いに並んで、各々ライブを始めるんです。」

「すごいなぁ...あ、そうだ!」

「どうしました?」

「今夜、あたし路上ライブしちゃおっかな。」

「え!!!!!!!!!」


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夜の警固公園。


夢というのは、見る人間の望みが脳内で映像として具現化する物らしいが、俺は警固公園でライブをする松田聖子なんて絶対見たくない。

かくして、警固公園全体を客席として、松田聖子のゲリラライブが行われる事となった。部屋を貸してくれたお礼にと、俺は最前列のど真ん中に案内される。これから彼女の立つステージとの距離は1メートル程しかない。

誰が持ってきたか分からない左右の大きなメーンスピーカーから曲が流れ出した。もう呆れる程聴いたイントロ。一曲目は『青い珊瑚礁』だ。

松田聖子が傍からステージへと登場した。
俺は目を見開く。その姿は部屋にいた時とは違う。

外側にブローしたサイドヘア。
吸い込まれそうな瞳。
玉のように美しい肌。

ステージに上がり、マイクを持った彼女は、80年代の日本中を震撼させ社会現象を巻き起こした、全盛期の松田聖子だった。
全盛期の彼女を、俺は知らない。しかし目の前の少女は今までに見た事もないような輝きを放ち、神々しささえ溢れている。

俺は自然と涙を流した。

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あゝ 私の恋は南の風に乗って走るわ
あゝ 青い風切って走れあの島へ

警固公園で、松田聖子が歌っていた。

「聖子ちゃーーーーーん!!!!!」

俺は慟哭しながら、絶対に目を離さないように彼女を見つめていた。この瞬間を死ぬまで忘れないように、堪えても堪えても溢れる感動の涙に視界を邪魔されながら、それを必死で拭う。彼女の姿を、脳に焼き付ける。

幼い頃も、今も、松田聖子は俺の憧れそのものなんだ。



結局、ライブで聴けたのは『青い珊瑚礁』だけだった。次の曲へ行く前に夢から覚めたからか、他の曲の記憶が無くなってしまっているからか、もう分からない。

夢日記を書くと、現実と夢の区別が付かなくなるから危険だという情報を最近耳にした。しかし、こんな夢を見るもんだから俺は夢日記をやめられない。

だって、俺は松田聖子と逢ったんだから。

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