翔べ君よ大空の彼方へ 4-㉕ エール
彼は白い蝶を追いかけていた。ただひたすらにその蝶を。
やがて、その蝶は姿を変え、目の前には天国で眠るその人が現れた。
生まれたばかりの女の子を抱いて笑っていた。けれど、声は聞こえなかった。
その口の動きから、〝ありがとう〟と
言ったのではないか。
彼は手を伸ばした。しかし•••虚空を掴むばかりであった。
少しずつ彼女の姿が遠ざかっていく。
彼は追い掛けた。遠ざかるその姿を、その影を。何度も躓き、その度に立ち上がり、また躓き。
やがて、彼は立ち上がる事ができなくなってしまった。ここで起き上がらなくては、もう旅を続ける事はできない。
彼は力を振り絞り叫んだ。
果たして、その叫び声は届いたのだろうか•••彼女は笑顔で頷き、やがて完全に姿を消してしまった。
「•••さん!ショーさん•••」
まるで、ふわふわと浮かんでいるような感覚だった。
目の前に浮かぶ白い雲•••もしかしてここは。
彼は立ち上がろうとしたのだが、動く事ができなかった。体が恐ろしく重い。
天国でも、金縛りにあうのだろうか?
確か、白い蝶を追いかけて、歩いていたはずだった。その後、意識が無くなり
•••。
彼は何かを思い出そうとしていた。
そうだ、〝ありがとう!〟って言ったんだ。
彼は手を伸ばした。
彼の手が何かを掴まえた。いや、正確には、彼の手を握った者が居たのだった。
「•••さん、•••さん」
声が聞こえる。幼い女の子であろうか?
やがて、彼の視界が広がりを見せ、白い天井を捉えた。そして、嗅覚が捉えた
畳の新鮮な藺草の匂い•••大好きな匂いであった。
やがて、彼は意識を取り戻した。
「翔さん!」しっかりと右手を握る、泣き笑いの少女の姿が彼の目に映った。
彼は2日の間うなされ、眠り、それを数度繰り返し、やがて目を覚ました。
白い天井、大好きな匂い•••そうだ、ここは加奈ちゃんのお家だ!
泣き笑いの少女が言った。
「おはよう!翔さん!」
「•••ごめんね、加奈ちゃん」
少女はブンブンと首を振り、涙を拭いて、精一杯の笑顔を見せた。
「いろいろと迷惑をかけてしまい、本当に申し訳ありませんでした。そして、お接待•••本当にありがとうございます」
彼は深々と礼をした。
別れの時が来た。
旅立つ1人と、見送る3人の頭上に広がる
、雲の欠片1つもない青一色の広大な空。
その澄み切った空の下、彼は〝南無大師遍照金剛〟と3回唱え、一人一人に納め札を渡した。
「私からもプレゼントがあるんだ!」
そう言った貴加志が手に持っていた御朱印帳から取り出したのは、赤色の納め札であった。両親が2人で遍路を重ねた回数を表す赤色の納め札を、彼は両手で受け取り、大切にしまい込んだ。
「それと•••」
貴加志が取り出したそれは、太陽の光に反射し、キラキラと輝きを放っていた。
「これは•••」彼は目を瞠った。
おいそれと目にできるものではなかった
。
想像もしかねない程の遍路を積み重ねたものだけが持つ事を許される、錦の納め札であった。
「私の祖父がね•••形見で残してくれたんだ。きっと君の事を守ってくれる。祖父は常々言っていた。〝恩は返すのではなく、渡すんだ〟と。恩返しではなく、恩渡しってね。どうか受け取って欲しい」
彼はそのような大切なものを受け取ることはできないと固辞をしたものの、
「お接待やき!」の少女の一言で、行き先は決まったも同然、彼は両手で恭しく、光輝く錦の納め札を受け取った。
「私もプレゼントがあるんだ!」
加奈は手に持っていたメモ帳を彼に手渡した。
「見てみて!」
彼がメモ帳のページをめくると、たくさんのクローバーが押し花のように飾られていた。全てが四葉のクローバーであった。
「きっと、翔さんの事を守ってくれるき
!」
彼は、少女の頭に手を置いて、
「加奈ちゃんにたくさんの幸せがありますように」と言った。
「これ、一番札所で円を結んだら食べてね!」由奈子が2段に重なったお弁当を手渡した。
「だし巻き卵とハンバーグは私が作ったんだよ!」加奈が満面の笑みを浮かべた
。
点が線となり、やがて円になり、縁が繋がってゆく。見えないご縁が彼を包み込んでいく。
「皆さんにたくさんの幸せがありますように」
3人は、光輝くその背中に無言のエールを送った。
遠ざかる青年の姿に少女は涙を抑えきれず、両親との約束を破り、数歩駆け出して叫んだ。
力の限り。
「フレ〜、フレ〜、カケル!フレッ、フレッ、カケル!フレッ、フレッ、カケル!」
彼は一瞬立ち止まり、そして3人の方へ振り向いた。少女は大きく手を振った。
彼は深々と頭を下げ、やがて一番札所への道を歩き出した。
彼の未来への行き先を示すかのように
、飛行機雲が北の空へと伸びていった。
PS•••いつもお目に留めて頂き、心より感謝申し上げます🥹🙏次回配信は3月13日水曜日です。翔馬の帰りを待つたくさんの人々の想いは届くのか?
それではまたお会いしましょう🙏🙏
AKIRARIKA
馬旅終わり🤭🤭
ご鑑賞ありがとうございます😅
この作品を通して、養老牧場への牧草寄付等の引退馬支援を行います。その為のサポートをしていただければ幸いです。この世界に生まれたる、すべてのサラブレッドの命を愛する皆様のサポートをお待ちしております🥹🙇