翔べ君よ大空の彼方へ 5-❷ 月明かり
4人は歩夢と久美が暮らすマンションのリビングで食卓を囲んでいた。
彼は3人に三度目の巡礼を無事に終え、
これから高野山の金剛峯寺に結願のお礼参りをする事、そしてその前に供花を手向ける為にやって来たのだと伝えた。
本来ならば、彼は供花の後京都市内のカプセルホテルに宿泊するつもりであっだのだが、幼少期から高校卒業までお世話になった恩人をカプセルホテルに宿泊させるのはとんでもない!と、歩夢に無理矢理引き留められたのである。
既に施設を退職したとはいえ、悪さをしていた教え子が、こうやって立派に家庭を持っている事を目の当たりにして、嬉しいというのが本音•••彼は喜んでお接待を受ける事にした。
琵琶湖の畔に立つマンションの横には
、鰻の老舗である名店が都合よく軒を構えている。
「これはお接待ですからね!」
と、歩夢が宣言し、特上のうな重2段重ねを4人分注文した。師は苦笑いし、少年は諸手を挙げて喜びを表していた。
その夜は翔馬と歩夢の話題で盛り上がった。
2人が夜中にこそこそと調理室に忍び込み、ホットケーキを作っていた事(本人達はしっかり掃除したと思いきや、翌朝、その切れ端が落ちていたのを、調理職員が見つけた)、翔馬が夜中に部屋を抜け出して、身体中汗だらけになって、体育館横のスケートリンクの除雪、設営をしていた事(結局、いくら練習しても翔馬は氷の上に立つ事ができなかった)
、歩夢が出来上がったホットケーキを高校生の女の子に運び、夜中にこっそり渡していた事(なぜ知っているのか?歩夢はしきりに首を捻っていた。久美はそんな歩夢をジロリと睨んでいたが)•••皆、腹を抱えて笑った。
楽しい夜であった。
〝ここに彼がいればなあ•••〟
師も、歩夢も、久美も、少年も思いは同じであった。
「大丈夫だ。あいつは強い。お前達も分かっているだろう。前よりも強くなって帰ってくる。それまで待とう。そして、笑って迎えてあげよう」3人は頷いた。
彼らだけではない。世界中の彼のファンが帰りを待っている。
今はただ信じて待つだけだ。
久美が折り紙を持ってやって来た。
彼が姿を消してから始めた、2人のおまじない••• 一日一羽鶴を折る。
その鶴の繋がりは、すでに600羽を超えていた。
4人は、それぞれ鶴を折り始めた。
そして、日付とメッセージを書いて、2本の輪に繋げた。
〝1日でも早く戻ってきますように•••〟
金色の4羽の鶴がくるくると回り、キラキラと輝きを放っていた。
ひっそりと静寂に包まれた暗闇の中を
、1人の青年が歩いていた。
暑い夏の日の喧騒の主役である蝉達も
今は静かに眠りに就いている。
巡礼で磨かれた鋭敏な感覚を頼りに、慎重に階段を上り、ようやく目的の場所にたどり着いた青年は、静かに砂利を踏みしめ、目指す場所へと歩を進めた。
月明かりに照らされた、彼が眠るその場所は、いかにも賑やかであった。
数えきれぬ程の供花が、どれだけの人が彼に会いに来たのかを示してくれた。
青年もまた、手に持っていた花束をそっと供えた。
青年は瞑目し、手を合わせた。
柔らかな風が流れ、供花の香しい匂いが鼻をくすぐる。
静かな夜であった。彼は呟いた。
〝未来•••もう少しだけ待ってくれな•••〟まるで、自らに言い聞かせるかのように。
〝お前•••早く戻れよ!〟
青年は辺りを見回した。
月明かりが照らす、いくつもの魂が眠る場所と、虫の音が聞こえるばかり。
〝ああ〟
今、背を向け、最後の旅に挑む青年の姿を、その覚悟の背中を、月明かりを浴びた永遠の好敵手が笑顔で見つめていた
。
PS•••いつもお目に留めて頂き、心より感謝申し上げます🥹🙏次回配信は3月20日水曜日午前8時です。エリーとフェニックスルージュが馬術の大会で躍動します🐴💨👍それではまたお会いしましょう🙏🙏
AKIRARIKA
それではまた👋👋
この作品を通して、養老牧場への牧草寄付等の引退馬支援を行います。その為のサポートをしていただければ幸いです。この世界に生まれたる、すべてのサラブレッドの命を愛する皆様のサポートをお待ちしております🥹🙇