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リストとシューベルト

おお、優しさにあふれ、たゆまず成長する天才よ!
おお、わたしの愛する青春の英雄よ!

リストのシューベルトへの想いは、熱い。ショパン伝を出版するなど文筆活動もしていたリストは、一時期シューベルトの評伝を書こうと計画し、その友人作曲家アンゼルム・ヒュッテンブレンナーからシューベルトの思い出を聞き出しているほどだ。

熱に浮かされたように歌曲の作曲に没頭し、無名のまま31歳で死んでしまったシューベルトの音楽が、いかにしてこのヴィルトゥオーゾ・ピアニストの心をとらえたのだろうか。

時は1822年。野心と情熱を秘めた10歳のフランツ・リスト少年が、父親とともにハンガリーの片田舎からウィーンに降り立った。少年の武者修行は、名教師カール・ツェルニーアントニオ・サリエリのもとで始まった。

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ウィーンの街には、かつてサリエリのもとで学んだフランツ・シューベルト(リストより14歳先輩である)がいて、ボヘミアン生活を謳歌しながら歌曲の出版などをしていた。シューベルトはサリエリとそりが合わなかったが、サリエリはこの元弟子を気にかけていたようで、リスト少年とも話題にしていた。そんな最中、ツェルニーのもとに、楽譜出版を手がけるディアベリから自作の主題をネタに複数の作曲家の共作による変奏曲をこしらえるプロジェクトへの誘いが舞い込んで、ツェルニーは、11歳のリスト少年にも書かせてみることにした。

ディアベリのテーマと、ツェルニー、リスト(当時11歳)、シューベルトによる変奏をプレイリストにしてみたので聴いてみて欲しい。テーマは、ベートーヴェンの壮大なディアベリ変奏曲でおなじみのあれ。(失礼ながら)どうってことのない音楽なので、各作曲家の料理法がいちだんと際立つのだ。

シューベルトの短調の変奏は、しみじみとした歌心にあふれていて美しい。同じ作品の共作にかかわったという体験は、リスト少年の初めてのシューベルト体験としてはなかなかに強烈なものだったのではないだろうか。

少年は、ウィーンでの勉強も1年そこそこで切り上げてパリに赴いた。華やかなサロン文化。そこでサロンの寵児として頭角をあらわすのは皆さんご存じの通りだ。

パリでリストが親しくなった音楽家の中に、クレティアン・ユラン(1790-1845)がいる。リストの住まいのそばの教会でオルガンを弾いていた。彼は作曲家でヴィオラの名手でもあり、シューベルトの主題による弦楽四重奏曲をつくったりしていたらしい。知る人ぞ知る、ウィーンの吟遊詩人シューベルト。パリでも身近なところにシューベルトのファンがいたのは、運命のいたずらだろうか。

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そんなこんなで、リストは生前のシューベルトには会えなかったが、早くから彼の音楽に親しんで共感をいだいていた。1837年には、マリー・ダグー夫人とジョルジュ・サンドのノアンの別荘を訪れたさい、マリーがシューベルトの歌曲をリストのためにフランス語に翻訳したという話がある。リストはハンガリー語が話せず、ウィーンにも1年しかいなかったため、第一言語はフランス語だった。

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1838年に、ウィーンでのチャリティー公演が複数企画され、リストは実に15年ぶりにウィーンの地に降り立つ。リストはサービス精神旺盛なプロフェッショナルで、ツアー公演で現地作曲家の楽曲をプログラミングした。ちなみにライプツィヒ公演では、シューマンの《謝肉祭》を初見同然で(!?)弾き、この耳うるさい作曲家を困惑させている。

このウィーン公演に合わせてリストが用意したとっておきのプログラムが、ピアノに編曲したシューベルトの歌曲集だった。

リストの演奏そのものの素晴らしさもあるのだろう。これがウィーンの聴衆たちに大ウケ!ディアベリらがただちに出版に乗り出し、人気ピアニストのリストの手によって、亡きシューベルトの再評価が始まったのだ。

一方のリストも、この編曲作業を通じて、ますますシューベルトの世界への共感を強めたに違いない。ウィーンでの成功で、シューベルトの音楽を広めるのを自らの使命と実感したリストは、このあとも、《冬の歌》《白鳥の歌》や、《さすらい人幻想曲》のコンチェルト・バージョン、シューベルトのワルツを変奏した《ウィーンの夜会》など、矢継ぎ早にシューベルトのレパートリーを拡大していくのである。

筆者がもっとも好きな、リストによるシューベルト編曲は、歌曲《リタニ(万霊節の連禱)》D343。時空を超えて出会った2人の天才の音楽が、とても幸せなかたちでマリアージュしていると思う。もしかしたら、まさに万霊節(死者の霊が地上に戻ってくる)に、シューベルトの霊と対話しているかのような…。よかったら聴いてください。

Alle Seelen ruhn in Frieden!
すべての御霊よ 安らかに憩え!

参考

リストとほかの作曲家のかかわりや、指導者としてのリスト、書き手としてのリスト…など、リストにまつわる様々な面白いエピソードがまとまっている。おすすめです。


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