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ドビュッシーは「田園」がお嫌い

今日は、時代を隔てて、ドビュッシーとベートーヴェンのお話をします。

ドビュッシーの、初期のピアノ曲に「2つのアラベスク」という有名な曲があります。このアラベスク(Arabesque)とは、アラビアの唐草模様を意味する単語ですが、音でアラベスク模様を紡いでいく感覚は、ドビュッシーの作曲上のひとつのポリシーでもあったようです。

ドビュッシーは、反ドイツ音楽的な作曲家だと思われていますが、必ずしもそうとは言えません。バッハをこよなくリスペクトし、彼の音楽には〈音楽のアラベスク〉が見出せると言っています。

最初期の人たちや、パレストリーナ、ヴィクトリア、オルランド・ディ・ラッソなどは、この聖なる〈アラベスク〉を用いた。彼らはその原理をグレゴリオ聖歌のなかに見つけだし、その儚い組み合わせ模様を、がっしりした対位法で支えた。バッハは、ふたたびアラベスクを手にしながら、それをいっそうしなやかな、いっそう流動的なものにした。
バッハの音楽においてひとを感動させるのは、旋律の性格ではない。その曲線である。さらにしばしばまた、多数の線の平行した動きだ。それらの線の出会いが、偶然であれ必然であれ、感動を誘う。
(La Revue blanche 1901年5月1日号)

これは、バッハのヴァイオリン協奏曲の批評です。どの曲かは不明です。

バッハは和声の公式よりも響きの自由なたわむれを好んだ。そのたわむれの曲線は、平行して動くにせよ反対向きに動くにせよ、思いがけず、彼のおびただしい数の楽譜の中のほんの小さな曲をも不滅の美でかざる開花を導いた。
〈ほれぼれするようなアラベスク〉が花を咲かせ、自然の総体の動きに内在する「美の法則」と音楽が一体化した時代だった。
(Musica 1902年10月号)

ここに書かれているような、自然との調和や、装飾的な曲線美を追求する美意識は、ちょうどこの頃流行したアール・ヌーヴォーの理念やスタイルと通じるものがあります。

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ちなみにドビュッシーはロートレックと親交があり、「牧神の午後への前奏曲」のバレエ化の際に、舞台美術のスケッチを描いてもらったようです。

ドビュッシーは、意外にもベートーヴェンの第9交響曲を激賞し、次のように書いています。

楽想がおどりでるたびに、新しい歓喜がある。それは息切れもせず、くりかえしにおちこむ風もない。樹木の、いっせいに葉が芽吹いて伸びていく、夢のような繁茂にでもたとえようか。巨大な広がりをもったこの作品には、何ひとつ無駄がない。
(La Revue blanche 1901年5月1日号)

このように、ドビュッシーは素晴らしい音楽を自然にたとえます。彼は、音楽を、「自然のうちにある『眼には見えない』ものの、感情を通じての転写」と捉えていました。

「海のざわめき、天と地をわける曲線、葉叢をゆく風、鳥の鳴き声が、私たちのうちに、さまざまな印象をしずみこませます。そして、突然、こちらの意向とは何のかかわりもなしに、それらの記憶のひとつが私たちのそとにひろがり、音楽言語で自分を表現する。それは自身のなかにその和声をやどしている。」

そう語るドビュッシーは、自然と人間を愛した自由人。音楽理論に即していないと言う師ギローに対し「楽しさこそ規則」と反論します。「音楽は聴き手の耳が自然に聞きとめるはずのもので、複雑な展開のつづら折りのなかに抽象的な観念を発見する必要なんかないんです。」「私は、音楽に自由があることをのぞんでいます。音楽は、自然と想像力との神秘な照応をはたらかせてゆくのですから。」

そんなドビュッシーがどうしても好きになれなかったベートーヴェン作品が、交響曲第6番「田園」でした。

音楽は、散り散りにある諸力をあつめた一全体です…それでもって思弁的な歌をつくるわけです!私は、エジプトの羊飼いの笛の音のほうが好きだな。彼らは風景にその音を合わせ、あなたがたの理論書が知らない和声を聴くんです。音楽家たちは、手で器用に書かれた音楽しか聴かず、自然に内在する音楽を聴こうとしません。しかし、日が沈むのを見るほうが、《田園交響曲》を聴くよりももっとためになる。
(La Revue blanche 1901年4月1日号)
小川のほとりの場面をごらんなさい!牛たちがどうやら水を飲みにやってくるらしい(ファゴットのパートがそれを想像させる)小川。自然よりも、ド・ヴォカンソン技師の自動人形を彷彿とさせる、ナイチンゲールやかっこうの鳴き声…。万事が骨折り損の空真似か、気ままな注釈に終始している。
「嵐」の楽章では、生き物や事物のいだく恐怖が、本気らしくない雷の響く中で、ロマンティックなマントのひだにくるまっている。
(Gil Blas 1903年2月16日号)

第2楽章「小川のほとり」

第4楽章「雷と嵐」

ずいぶん痛烈な酷評ですね。ドビュッシーは、自然が大好きでしたが、直喩的な音画法が嫌いだったようです。「森の神秘が、樹々の高さを測ることであらわされるだろうか?想像力を喚起するのは、むしろ森の測れない深さではないか」そう語る彼は、「物事の半分まで言って、あとの半分は聴く人の想像力に接ぎ木する」ことを信条としていました。自然を客体化しているような感じが、ドビュッシーの耳には空々しく響いたのでしょうか。「嫌いな作品」は、その人の美意識を逆説的に浮かび上がらせます。

ラヴェルとドビュッシーは、フランツ・リストの「エステ荘の噴水」に魅せられて、それぞれ水を題材にしたピアノ曲を書きました。「水の戯れ」(1902年、ラヴェル)と「水に映る影」(1905年、ドビュッシー)です。「水のさざめきや、噴水、滝、せせらぎに聴く音楽的な音から着想を得た」と語るラヴェルは、光り輝く水の動きや色彩を、音でみごとに描写しました。一方、ドビュッシーの澱んだ水は、そこに佇む人のメランコリーを内包しているかのように聴こえます。弟子のマルグリット・ロンいわく、ドビュッシーは「いくぶん高く構えた態度には無縁で、自然にそそぐ深い愛情から、自然もふくまれる生命の根元としての水に沈潜していった」のです。この姿勢が、自然の美と一体化するアラベスクの精神なのかもしれません。

参考

今日の記事は、ドビュッシー本人が著した音楽論を集めたこの本から概ね引用していますが、古めかしい訳文は多少リライトしています。ラモーやワーグナーを語った章もあり、ドビュッシーの音楽観に触れる上で必読です。

こちらも、ドビュッシーの音楽と向き合う上で必携の書。ドビュッシーの弟子マルグリット・ロンが、作曲家から直接聞いた言葉の数々です。

一次資料を多く引用しながらドビュッシーの美意識に鋭く迫った、優れた評伝です。

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