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THINK TWICE 20210502-0508

5月2日(日) 知らないことが多すぎる

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ブライアン・イーノ『アナザー・グリーン・ワールド』(1975年)。ロキシー・ミュージック脱退後に出した3作目のLP。彼のアルバムの中で1、2を争うくらい好きな作品です。

『アナザー・グリーン・ワールド』の1曲目に入っている「Sky Saw」をぼくが聴いたのは1981年8月12日(水)のこと。40年前の話なのに、やけに具体的な日付が書けるのはなぜかと言うと、坂本龍一さんがやっていたNHK-FMの番組(『坂本龍一の電気的音楽講座』)で初めて聴いたからです。

当時、ぼくは小学6年生で12歳になったばかりでした。曲そのものを好きになったというより、地面を這う蛇のようにうねうねと動くフレットレス・ベース(ブランドXで活躍したパーシー・ジョーンズのプレイ。彼はその後、中西俊夫&チカのMELONや一風堂にも参加)が耳に残ったのを覚えてます。

教授は番組の中でいっさい曲紹介しなかったので(現在ではありえないでしょうが、彼の番組ではこういう《不親切》が日常茶飯事でした)、新聞のラジオ欄か、FM専門誌(そういうものがあったのです)でプレイリストを掘り、なんとなく《ブライアン・イーノ》という名前と《スカイ・ソウ》というタイトルをインプットしたはずです。

イーノのアルバムは上京して以降、中古レコ屋で安く見かけるたびにちょこちょこ買い集めていきました。で、こういう思い出話を書き始めると、先週のように話が横道に逸れて行く一方なのでぐっとこらえて(笑)『アナザー・グリーン・ワールド』のアートワークの話を書きます。

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Tom Phillips "After Raphael" 1972-1973

ジャケットにあしらわれているこの絵。トム・フィリップスという画家の作品を加工したものだということを、ぼくは2013年のこのツイートを見るまでまったく知りませんでした。

あまりにもアルバムの雰囲気やイーノ本人のイメージにぴったりだったから、てっきりこのジャケットのために描き下ろされた絵と鵜呑みにしてたんですね。

トム・フィリップスはイーノが通っていた美術学校(イプスイッチ・聖ジョセフ・カレッジ)で教鞭をとっていた───つまり、イーノは彼の教え子だったそうです。そのときトムは27歳、イーノは16歳でした。年の差をこえて意気投合したふたりは友人となり、ジョン・ケージのコンサートにトムがイーノを連れて行ったり、ロンドンに引っ越してからはアパートの隣同士に住むなど、かなり懇意だったみたいです。

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Tom Phillips  "Irma: An opera, opus XIIB"

ロキシー・ミュージックにイーノが加入して、いわゆるロックスターの道を邁進していた時期は疎遠になってしまいましたが、トムが構想していた『イルマ(Irma)』というオペラを、キシー脱退後にイーノがロ立ち上げた実験的なレコードレーベル"Obscure"から1975年にリリースします。

しかし、トムはその仕上がりにまったく満足できず、「イーノとブライヤーズが俺のアイディアを盗んだ!」と激怒。*1

*1 トムが書いた楽譜は上掲の絵のような《グラフィック作品》。これを元にギャビン・ブライヤーズらが音楽に《翻訳》したのです。イメージのズレは如何ともしがたく───というのが喧嘩の真相でした。そういえば、あの佐村河内さんが新曲を出したそうですね。

ただ、ふたりの友情にヒビが入ることは今度もなかったようです。

長くなったので、また明日。


5月3日(月) ビフォー・アンド・アフター・ラファエル

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Umbrian School, c. 1490-1500. Votive Picture

60年代中頃から、トム・フィリップスはいわゆる《黄金比率》の神秘的な美に魅せられていて、その研究と実践に没頭していたそうです。そしてある日、ルネサンス期のウンブリア画派が描いたこの絵画と出会います。

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残念ながらこの絵は彼が追い求める《黄金比率》には当てはまりませんでした。そこで、彼は自分の手でこの絵を《黄金比率》によって新しく生まれ変わらせようと思いつき、誕生したのが『After Raphael』でした。

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これはぼくが勝手にあてはめたものですが、ぴったり《黄金比率》とはいかないまでも、意図的にこの配置が作られたことはわかりますよね。

ルネサンス期の絵が持っていた意図───つまり宗教的なナラティヴを抜き取り、《黄金比率》という構図が持つ普遍的な美、不可思議な力に収斂させたのがおそらくトムの狙いであり、次作『ビフォー・アンド・アフター・サイエンス』以降、イーノもまた意味性やメッセージを音楽から排除し、環境に溶け込む、あるいは中和するような音像=《環境音楽》を追求していったわけで、彼らがその後も盟友として親交を保ち続けた理由も納得できます。

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ちなみに『アナザー・グリーン・ワールド』の裏ジャケにあしらわれたイーノのポートレートは、当時のガールフレンドだったリトヴァ・サーリッコ(Ritva Saarikko)によるもの。

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友情や恋がはかなく終われど、作品に封印された関係性=空気感=パッションといったものは不変なんですよね───それって素敵やん?


5月5日(水) Who's Afraid Of ?

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来月のレコード・ストア・デイズ2021で再発されるレコードのリストを眺めていると、アート・オブ・ノイズのファースト『Who’s Afraid of…?』を発見。日本盤のデザイン(上掲)の方が英国盤(リンク先)より断然好きだし、思い入れも強いので、たぶん見かけても買わないとは思いますが……。


magicfrog / Kagefumi (AM's "Who's Afraid Of ?" Remix)

アート・オブ・ノイズといえば───名村造船所跡地で開催されたイヴェント「Happy Monday 2008」が縁で仲良くなったmagicfrogという大阪のバンドがおりまして、2009年に彼らがファーストアルバムを出した折には、ぼくがマスタリングを担当させてもらったんですけど、プロモーションのネタになれば……と作ったのが、このリミックス。*1

*1 ハードディスクをいくら引っ掻き回してもマスターが見当たらず、もはやここで聴けるのみ。

アート・オブ・ノイズの有名な音ネタをリコンストラクトして、遊びで作っていたトラックが元々あって、「Kagefumi」を聴いてるとき「Moments in Love」がハマるんじゃないか、という閃きにつながって、やってみたらなんとなく面白いものが出来て───という流れだったように記憶しています。

magicfrogは開店休止状態ですが、ボーカルの下地くんは大阪・宗右衛門町で人気の焼肉店「ヒロミヤ」を営業中。あれこれ落ち着いたらひさびさに食べに行きたいな。

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